僕は、最初から期待されていなかった【蒸気船マークトウェイン号003】

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前回、僕が2回遅刻した話をした。

その時、ちょうど僕がF原さんにお説教を受けている最中、その場(リードオフィス内)に、一人のトレーナーがいた。

Dちゃんと呼ばれていた彼は、当時のマークトウェイン号には珍しくない、土日キャストのトレーナーだった。

彼は、F原さんの話を神妙に聞いている僕のそばで、うんうんと頷いている。そしてF原さんが話し終わった後で、リーチだね、と言った。

「3回遅刻したら終わりでしょ。あと1回だからリーチだね」

Dちゃんの表情は、まるで面白いネタを見つけたかのように、楽しそうだ。
はあ、と腑に落ちない感じの僕は、彼の言葉を受け流す。

「でも一ヶ月頑張ればリセットするし。あと一ヶ月乗り切ればいいんだよ」

まるで他人事である。まあその方がいいけど。

別の小休憩の時間。
まだ入って日の浅い僕は、リードオフィスの壁に貼られた告知のプリントを眺めていた。

マークトウェイン号のリードオフィスは、蒸気船乗り場の待合室の横の、狭い部屋にある。
リードオフィスとは名のごとくリード(責任者)が詰めている場所で、事務作業を行ったりキャストへの始業前の朝礼をしたりする。またその部署で使う道具類が配備されている。

室内には事務机や小さなロッカーがあって各個人の雨具を入れたり、資料や雑多な道具類が収められている。
大型のホワイトボードもかけられていて、当日のパーク情報が書き込まれていたり、様々な周知書類がベタベタ貼られている。業務に関する告知や園内の施設に関する情報や、社内向けの告知もある。
直接壁に画鋲やテープで貼られた用紙もあり、社内イベントのお知らせがあったり、中には誰かが企画した合コンのお誘いもある。

僕が眺めていたのは、翌月あたりに行われるイベントのお知らせだ。

その場にDちゃんもいたのだが、
「それ、来月に○○があるんだよね。ま、あなた(僕のこと)はどうせ辞めちゃうから関係ない(参加できない)けど

あ、そうか。
僕は辞めちゃう人に含まれているのか、というのが正直な感想だった。

良くも悪くも率直なDちゃんの言いっぷりに、自分の置かれた立場を改めて認識した僕であった。
どうせいなくなる人。それがその時の僕の立場だったのだ。

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最初から全く期待されていなかった僕

リードオフィスには様々な資料があり、業務に関するものが一通り揃っている。その中に「マークトウェイン号・トレーニーカルテ」というものがあった。

トレーニーとは教わる人、つまり新人さんのこと。
A5サイズの用紙がファイリングされた資料で、新人さん一人に一枚の用紙。それが一冊のファイルにまとめられているものだ。
内容は、トレーニング1日目〜3日目までの簡単な所感が書き込まれており、トレーナーがトレーニング終了時に記入し、リードがコメントを書き加える、という書類だ。

記入例としては、
「初日は緊張していて声はあまり出ていませんでした。明日に期待です」
「二日目は徐々に慣れてきたようです。笑顔が出ていました」
などと、トレーナーがトレーニング中の様子を毎日書き加える。

これは誰でも自由に見ることができる。自分がデビューした後しばらくたって、トレーニングを受けた頃はどんな様子だったかを振り返ったり、自身の成長ぶりを確かめる資料なのだ。

基本的に真面目なコメントが並ぶが、中には適当なコメントもある。
「初日はサルでした」
「二日目もサルでした」
「最終日もやっぱりサルでした」
これは猿顔の新人さんに対して書かれたコメントで、実は僕が教わったM氏が記入したものだ。リードもノリがいいので、
「お疲れ様でした。サルでしたね」とかコメントしている。
もうただのネタである。

「Mさんは適当だから」
別のトレーナーから聞いた。やっぱりそうか。

僕は何と書かれていたか? 気になりますよね。
自分のを探してみる。

……ない。

僕のトレーニーカルテは、そもそも書かれてすらいなかったのだ。
おそらく僕が初日から遅刻してきたためで、どうせこいつはすぐ辞めるだろう、と予想してM氏は書かなかったのだ(と思う)。

「俺の、ないんですよね」
と別のトレーナーに告げると、
「それ、必ず書かなくてもいいものだから。書かない時もあるよ」とのこと。
……期待されていない感が半端ない。

と言っても、別に職場の空気が悪かったわけではないし、僕も決してハブられていたわけではない(笑)。
このトレーニーカルテは誰も開かないマイナーな資料だったので、書く方も適当だったんだろう。

僕自身は土日のトレーナーたちとすぐ仲良くなり、その後年パスを買った際に、よく行動を共にしたものだ。
後から聞いた話では、M氏は面倒がってこのカルテをあまり書かなかったらしい。
確かによく調べてみると、同期でも書いてもらっていない人が若干名いた。

M氏は一見、とっつきにくい人である。
まず基本的に表情変化に乏しい。でも実は話せば面白い。
そしてカヌー経験者なので、時々カヌーの不足シフトに入ったりする。
加えて、トムソーヤ島いかだの経験者でもある。アメリカ河の3つのアトラクションを全部こなせる人材は、当時はあまりいなかったので、貴重な存在である。

辞めなかった理由は、見返してやりたかったからかも

で、肝心の辞めなかった理由ですが。
二十数年前とはいえ、あんなに辞めたがっていたのにその考えを翻すきっかけがあったはずなのですが、思い出せない。

淡々と日々を過ごして3ヶ月の契約終了が近づくまでに失敗の連続で、敗者復活戦をやらせてくれ! と渇望するような気持ちでいっぱいだったのを覚えている。
ちゃんと仕事がこなせるようになって、今までの迷惑をかけた分のお返しくらいしてやりたい、と。

辞めるか辞めないかの選択よりも、どうやったらこの仕事を上手にできるようになるかを考えるのに夢中で、気がついたら契約更新の期間が過ぎていた。

「このまま辞めるわけにはいかない」
そんな気持ちでいっぱいだったのだけは覚えている。

辞めちゃう奴がそのまま辞めるのでは全然つまらないし悔しいじゃないか。だったら意地でも残ってやって見返してやりたい。
ほら、あんたの言ったことはデタラメじゃないか、と。

きっとそんな感情が渦巻いていたんだと思う。自分でもはっきり覚えていないのだが、僕は基本的にへそ曲がりなので。

期待感ゼロの状態からスタートしたと言ってもいい僕のキャスト歴が、この先どんな領域へ到達できたのか。

じっくり思い出してみるか。

その後、M氏は、僕が翌年スプラッシュへ異動した数ヶ月後に、退職していった。

僕がスプラッシュへ異動することが決まった時、M氏へそれを伝えた。
彼は感慨深げに、
「こうやって伝統が受け継がれていくんやねぇ」
と、漠然とした感想を言ってくれた。その時は気づかなかったけど退職を意識した返答だったと思う。

直接僕に対するコメントかよく分からないが、なんとなく応援してくれているように感じた。

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あっくんさん

あっくんさん

元TDLにてアトラクションキャスト勤務を経験した十数年間を回想する場。このブログはそんな僕の、やすらぎの郷でございます(笑)。

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