目次
水路内のウォークスルー
僕らはトレーニング中に、日を追うごとに内部へ入る機会が増えて、あちらこちらを覗くことができるようになってきた。
ある日、座学にもいい加減飽きて来た頃なので、水路の中に入り、実際に歩いてみようということになった。アトラクションの内部で、ボートがどんな場所を通るか、ボートの進行を辿ってみる旅だ。
まずは乗り場へ行く。
水路には水は一切なく底は乾燥しきっていた。
深さ1メートルほどの水路に降りる。と言ってもステーション(乗り場)にはボートを推進させるコンベアがある。
機器に乗るのは危険だと言うことで、その先のコンクリートの底へ降りる。
そして、進行方向へ歩いていった。
出発してすぐに、上り坂になっている。横から岸に上がって、階段を登る。ここから屋外へ出る。
ちょうど滝壺の手前の部分の、カーブのところに差しかかる。
トレーナーのヒデト氏はここで休憩しましょうと言い、コンクリートのへりに腰かけた。僕らも一緒に座る。
スプラッシュの滝壺の前の池の水中を覗くと、ボートが曲がっていく部分。滝の前をくるんと左に回っていく、あそこの部分だ。
8月に入るか入らないかの真夏の時期で、強い日差しが照りつける。少し歩いただけでも汗だくになった。
すぐ横にはいばらの茂みが生えていて、ほぼ装飾はできあがっている。
山を見上げながら、正式にオープンする2ヶ月後の秋を想像してみた。きっと大勢のゲストが乗りに来ることだろう。
★
ウォークスルーは内部へどんどん入って行けるので楽しい。まだ完成はしていないものの、入れる場所が日に日に増えていく感じでもうすぐ完成間近だと実感できた。
初めての乗船は音のない世界だった
それまでは、水路に水が流れているのを全然見たことがなかったが、何日めかにようやく水が流れているところを見ることができた。
それは、ボートのテスティング(試験航行)を行う日があったためだ。
その時の僕らの最大の関心は、「いつボートに乗れるのか」だった。
まだ一度も乗ったことがないので、実際にどんなアトラクションなのか分からなかったからだ。
「そのうち乗れると思いますよ」とヒデト氏は言った。
それはそうだが……。
と、午前中に座学で話していたその日の午後に機会があったら行ってみましょうとなり、午後になると、どうやら乗れるらしい、となった。
「テスティングがあるみたいなので、乗ってみますか?」
期待が膨らむ僕ら。
「ただしアニメーション(人形)は動いてないですよ。オーディオ(音響)もないけどいいですか?」
何でもいいです、贅沢は言いません!
「あと約束があります。乗ってる間は絶対に笑顔にならないようにして下さい」
ん?
「滝を落ちてから流れている時にゲストに見られると、コンプレイン(苦情)が来ます」
なんと!
「以前にトレーナーだけで乗った時に、まだ正式にオープンしていないのに関係者だけが先に乗って楽しそうにしているってクレームが来たことがあって。それ以来笑顔禁止なんですよ」
とのこと。
「乗船中はあくまで仕事で乗ってるって顔をして下さい」
そこで僕らは笑顔なしで乗ることを約束させられた。
僕ら6人+ヒデト氏で乗り込むことになった。
★
乗り場へ向かう。
スプラッシュのボートは完全手動のため、人間がボタンを押さないと出発しないようになっている。
その時は、コンソールにメンテさんがついていて、ボートのサイクリング(巡航)を行っていた。
僕らは期待に胸を膨らませて見守っている。
そこへ一台のボートがやって来る。
コンベアに乗りズズッと船底をこすりながら進んでくる。実際に動くボートは完璧な、完成されたアトラクションとして機能していた。
乗り場で定位置にピタッと止まる丸太ボート。
「じゃあ、どうぞ」
ヒデト氏が言い、僕らは乗り込んだ。
「お願いします」ヒデト氏がメンテさんに伝えると、メンテさんはうなずく。
そしてボートは出発した。
アトラクション内はほぼ完成に近づいていて、たまに欠けている動物があるくらいでカラフルな世界が永遠に続いているようだった。
音楽のないスプラッシュは、ただの乗り物に過ぎない。
館内のBGMがないため、水音だけがサラサラと響いている。不思議な気分だ。
とても静かな世界だった。淡々と進むボート。
内部に据え付けられた動物たちは、完全に止まったままで動かない。
中には毛皮が付いておらず機械剥き出しのままで、ロボットみたいなやつもいる。
それでも初めてのスプラッシュ・マウンテンは、感慨深いものがあった。
滝つぼを落ちる時も、水が流れておらずただ滑り落ちるだけ。滝つぼに立ち込めるミストも出ていない。
どれだけ濡れるのか全く分からなかったが、乗ってみてこの程度なら平気でしょうと話し合った。
(事前に、水濡れによるクレームがどれだけ来るかと懸念していた)
約束通り、マーク乗り場の横を通る時は、仏頂面を保って通り過ぎた。
マークトウェイン号に乗っている人や周辺で見ていたゲストたちがこちらに注目している。
ボートが動いているのに加えて、人が乗っているのだ、注目せずにはいられないだろう。
ボートが再びアトラクション内に入り、ゲストに見られない位置まで来ると、僕らは濡れ具合をお互いに確認しあって笑った。
これは人気出るよ。
それが僕らの率直な感想だ。
降り場へ戻ってきた。
ああ、もうおしまいか、と乗船時間がとても短く感じたものだ。実際は10分もあって、ライド系アトラクションの中では長い方なのだが。