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どこにもない職業をやりたいと思った
僕がキャストをやろうと思った理由の一つに、他のどこにもない仕事をやりたい、というのがあった。
飲食店や物販の店舗、事務職などは世界中どこにでもある。
しかしディズニーのテーマパークのアトラクションは世界中、ここにしかない。スプラッシュ・マウンテンは当時、カリフォルニア・アナハイムの一列に腰掛ける形状だったし、フロリダのディズニーワールドはこちらと同時にオープンした。
動画を探せば見られるけど、ワールドのスプラッシュは日本のTDLのとは構造が左右対称になっている。向こうは右回り、こちらは左回りだ。
つまり、事実上オンリーワンなのだ。
だから、希少な職業としての面白さが、ここにはたっぷり詰まっている。しかし反面、それを関係者以外の人へ伝える時、どんなに説明してもできない部分がたくさんある。
アトラクションは結局のところ、機械装置が動いているだけなのだが、実際には人間の動かしている要素がたくさんある。
いや、ほとんどの部分をマンパワーで担っているという方が正確だ。乗り物を動かすという作業が想像以上に、人間が介在しないと成立しないようにできている。
ある程度は機械任せだが、運営上最重要の安全に関わるプロセスは、人間による手動操作だ。乗り物が発進したり止まったりは、キャストが目視確認をして動かし、止める。それらの操作や多種多様な対応を含めてこなしていくには、現場で養ったキャストたちのスキルが必要だ。
乗り物に乗るゲストは、人間であって荷物じゃない(これはこの後、繰り返し何千回も聞くことになる言葉だ)。
しかも、グランドオープン前というのは、当たり前だが(お客様を乗せて)アトラクションを動かしたことがない。
作業手順のマニュアルは用意されていても、既存のアトラクションから引用してきた手法をはめ込んだだけであり、それが通用するかは、実際に試してみないと分からない。このアトラクションではどんなイレギュラー対応が発生するか、誰も知らない。
だからこそ、スニークオープンがあって僕らも予行練習や準備ができるのは、とてもありがたいのだった。
アトラクションキャストの使命は、待ち時間を一分でも減らすこと
スニークオープン初日。スプラッシュ・マウンテンは順調にスタートした。
と、言いたいところだが、始まって数分後には問題が発生した。
スプラッシュの統括SVのケンさんが突然乗り場にやって来て、グルーピング(人数を聞いて手すりに誘導する作業)を止めさせた。
「空ボートを出せ」
指示が飛ぶ。
僕ともう一人はゲストが乗せずに、ボートのバーを下げ、無人で出発させる。
「3回空で出して」
無人のボートが出て行く。
乗り場にいた僕らは知る由もなかったが、実はこの時、スプラッシュのボートはめちゃめちゃ停滞していたのだ。その理由は、
『乗り降りが遅いから』。
一本の水路をぐるぐる巡回するスプラッシュは、どこかでボートの進行が止まると渋滞が発生する。
例えば乗り場でトラブルが発生し出発できなくなったとしよう。しばらくすると、進行方向手前の降り場が止まる。そのままさらに時間がたつと、降り場の手前部分が止まる。道路渋滞と同じですね。
スプラッシュのライドシステムは、一定の間隔で出発すればスムーズに運営できる秒数が設定されており、それは一台あたり12秒。
ボートは2台単位で動くので、乗り場での乗船作業には24秒の時間を与えられている。この時間内で動かせれば、全てがスムーズに運営できる。
これは、
前のボートが出発して行く
次の2台が後方から進入してくる
ボートが定位置で止まる
ゲストへ乗船を案内
ゲストが乗り込む
ゲストが着席する(★)
ゲストが荷物を足元へ置く
キャストがバーを下げる
安全確認を行い、準備が整ったら出発させる
ここまでを24秒で行えばOK。しかし24秒は恐ろしく短い。
上の動作の途中、
★『ゲストが着席する』
おおむね、このあたりで24秒が経過する。
これは動きのスムーズな大人が乗り込んだ場合の話だ。
ゆっくり動く人、子供、大きな荷物を持った人、お年寄りなどはもっと遅い。体の不自由な人ならさらにかかるだろう。怪我をしてギプスをしている人ならなおさらだ。
ディズニーランドは若くて健康な人だけが来る場所ではない。
つまり、全然時間が足りないのだ。
僕らが乗り場で乗船を行なっていた作業は、まるでお話にならないくらい遅かったのである。ボートの渋滞がひど過ぎてまともな運営になっていないと判断されたようだ。
後で聞いたのだが、ボートの台数を一旦46台まで下げたそうだ。台数が少なければその分水路に隙間ができて、渋滞しにくい。
ボート台数が少ないと、その分渋滞はしにくい。
だが反面、乗れる人数は減ってしまう。
アトラクション運営において、待ち時間を減らす事は非常に重要なのだ。
ボート台数が少ないのはキャストにとっては楽だけど、ゲストにとっては待ち時間が増えてしまう。待ち時間が増えるということは、同じ料金で買ったパスポートの価値が下がってしまうことを意味する。
逆にアトラクションの待ち時間を減らせれば、余った時間でさらにもう一つのアトラクションに乗れるかもしれない。
つまり、パスポートを有効に使えるのだ。
アトラクションのキャストに課せられた使命は、一分でも待ち時間を減らすことなのだ。
そして、アトラクションの待ち時間は、ある程度努力しないと実現できない。
◆
その後、ボート台数は48台に戻された。
もし現役のスプラッシュのキャストがこの話を聞いたら、どう思うだろうか。
「え〜50台で回せない? どんだけトロいんだよ(爆笑)」
と感じるだろう。
野球で例えると、7対0で負けているくらいか。
サッカーだと5対0で負けていて、その内オウンゴールが2点。
それくらい遅い。かなり、遅い。
いや、どうすればいいのか分からなかったのだ。そもそもアトラクションを早く動かすという発想すら、頭に浮かんでいなかった。
キャストプレビューで初めて人を乗せた時、とても奇妙な表現だが、
「これでいいのかな?」とためらいつつ、疑問符を出しながら、やっていた感じだ。
48台運営は最初の二日だけで、すぐに50台に引き上げられた。
たった二台増えただけで、僕らは一息つく暇もないほど追い立てられた。
ゲストを乗せても乗せても後からボートがやって来る。(当たり前だけど。降り場で空になったらすぐ乗り場へ流れてくるので)
ゲストは知らないが、ボートが渋滞していると、渋滞を示すアラームがステーション(乗り場)で鳴り響く。
途中でボートが停止する時間が長くなると、アトラクションの演出がぎこちなくなる。何度もつっかえながら進むボートから見る場面は、途中で映像が止まるテレビや映画みたいなものだ。
それはアトラクション的には「ダサい」のだ。
だから僕らは必死でローディング(乗船作業)を早める。
一日、また一日と経験を積むことにより、だんだんと僕らはコツを掴んでいった。何となくこうすればスムーズになるぞ、とコツが分かって来る。
お互いに色々やってみて、うまくいった方法とかを話し合い、試行錯誤を繰り返していく。
こんな時、アトラクションはみんなで作り上げていくものなんだ、と実感したものだ。
数日後、スキルが上がったと認められたのか、リード達はさらにボートを2台追加して、52台運営へ挑む。
さらにハードルは高くなっていくのだった。