スプラッシュ・マウンテン最大のイベントと言えば、やはりこの日をおいて他にない。1992年10月1日。グランドオープンの日だ。
目次
パーク開園前の準備
ついに初日。
僕の当日のシフトは朝7時半からで、開園時間は8時半。
開園一時間前出勤のシフトは、アウター(キューエリア)の設置だ。
スプラッシュのキューエリアはAからG区画まである。一区画は待ち時間にして5〜10分間、全部設置すると屋内と合わせて120分間のゲストを収容できる。それ以上増えたら、あとはひたすら列を伸ばすだけだ。
開園前の作業は、スニークオープン中にかなり慣れてきたので余裕だ。
作業の前から気になっていたが、いつもより多くの人がいた。
関係者や報道陣、その他の人々が周辺をうろうろしている。撮影スタッフらしき機材を運ぶ人々の姿も見受けられた。
外の準備がほぼ終わった頃、レポーター役の某女性タレントがやって来て僕らに挨拶してくれた。
「今日はよろしくお願いしまーす」
僕らも恐縮して挨拶を返す。
朝の朝礼が行われた。
みんな今日は頑張ろうぜ、とリードからの言葉を聞くなり、もう開園だ。
僕の最初のポジションは外で案内役のゲスコン(ゲストコントロール)2。列の最後尾だ。
いつもなら、その日のポジションは、前日もしくは当日に決められるのだが、この日の配置は前日前に決められており、自分が最後尾から始まるのは知っていた。
望むところだ。
僕らゲスコン組は屋外の、指示された位置でゲストを出迎える。
大勢の人々が待ち望んでいた日だ。この日来園するほぼ全てのゲストが、スプラッシュ・マウンテンを目指してやって来る。
開園と同時に入場したゲストは一目散にやって来るだろう。
外から始まるメンバーで、改めて打ち合わせ。
僕らゲスコン組は、列の最後尾を死守しろとの指示が与えられた。最後尾についてさえいればいい。
一応ローテーションで中のポジションも回る予定だが、列が伸びれば遠く離れた場所まで行くことになるだろう。途中で収集がつかなくなって戻れなくなるだろうから、そうなったらお前らはローテーションから切り離す。
列が引いて最後尾がクリッターカントリーに収まるまで帰って来るな、とのお達しが(笑)。
ポジションとは別個に自由に動けるキャストも何人かおり、だいたいトレーナー達だった。リード達はほぼ全員が出勤しているし、トレーナーもみんな待機する。スーツ姿のSVもちらほら。
他のアトラクションの責任者達も、駆り出されて来ていた。
エリアの違いなど関係ない、ファンタジーやトゥモローのコスチュームを着たリード達やSV達も応援に来ていた。
様々なコスチュームが入り乱れていた。
さらに当日、手の空いている運営部社員達や、スケジューラーまで駆り出されて、普段オンステージにいない人達までがゲストを出迎えるために待機していて、その場違いさが面白い。
布陣は準備万端だ。
オープニングイベントも行われたが、当然見られなかった
滝つぼの前には、前日までは影も形もなかった特設ステージが出現していた。この日のオープニングイベントのために用意されたものだ。
イベントは当然だが、僕は見ていない。なんてったって最後尾についていたからね。
当日のテレビでは、このイベントが放送されていた。
ステージの横に巨大な桶があり、その真上に岩石が吊られている。
太いロープが正面の切り株に引き回されていて、斧でロープを切断すると岩石が落ちて水が樋を流れ、滝つぼ前の池に注がれる。その動きに連動して滝から水が流れ出し、キャラクターが乗船したボートが落ちて来る。
それを皮切りに運営がスタートする、という象徴的なイベントだ。
素晴らしい動画を見つけた。
撮影されていた方に大大大感謝。
まあプレビューだスニークだとさんざんやって来ての、この当日のイベントなので、僕らにとってはこの瞬間始まったという実感はないけど。
開園時間2分後に最初のゲストがやってきた
開園時間。
この日来園するゲストの多くが、新しいアトラクションに乗るために、早朝から待ち構えている。TDLの正面入口を抜けた人々は一目散に最奥部のクリッターカントリーを目指してやって来るだろう。
事前に僕らは入場作戦の説明を受ける。
最初のゲストは建物入口よりはるかに手前のクリッターカントリー入口に並んでもらい、列ができてから入口へ誘導する。
こんな時アトラクションのゲスコンは、混乱を最小限に抑えるために、まず列を作る。列ができていると案内が容易になる。なぜなら、どこへ並べばいいか一目瞭然だからだ。
無我夢中で走って来る人々は、入口がどこか知らない状態でとにかく走って来る。現地へ行けば分かるだろうくらいの曖昧な認識でやって来る。
で、現地に来てみると、どこへ並べばいいのか見ただけじゃ分からず、迷ってしまう。
非現実空間のパーク内は、ゲストが自覚する以上に分かりにくい作りになっている。既存の施設ですら迷うのに、初めて見る施設に迷わずたどり着ける人など、マニアを除けばほぼいない。
だからこそ、キャストが強力に案内をかけないと、ゲストは並ぶことすらできない。
しかもこの日は、建物の入口へ、ではなく何もない場所に並んで下さい、と案内するのだ。
長い列ができていれば一瞬であれだ、と分かるし、最後尾が見えればさらに分かりやすい。
「お前が最前列な」
と指示を受けたキャストがクリッターカントリーとウエスタンランドの境界のすぐ手前に配置。列がある程度伸びるのを待ち、それからゆっくりと先頭を誘導して館内へご案内する、という段取りだ。
開園2分が経過。
早い。最初のゲストが姿を見せた。
確か最初に到着したのは、中学生くらいの男の子だったと思う。
全速力で走ってきた数人を待ち受けて、クリッターの上り坂の手前へ全員で導く。
必死で走って来た男の子は、どこ?入口はどこ?って顔でキョロキョロ。
何十人ものキャストがこちらでーす!と元気よく告げる。
勢いよく駆けてきた先頭集団は、ほんの数人だった。
落ち着く間もなく、第2集団がやって来る。20〜30人。
集団というより人の塊が突撃してきた。
上図の白線くらいの列が形成された。
シンデレラ城の方向からやって来る人の集団はどんどん増えていった。
ぐん、と列の伸びる速度が加速した。
「最後尾!」
誰かが言った。
言われなくても分かってる。最後尾、常にそこへ!
列の最後尾はものすごいスピードで伸びていき、僕は小走りになる。
さらに列の伸びる速度は加速し、最後尾につくためには走らざるを得なくなる。
僕らは必死に最後尾に食らいついて行く。走らないと最後尾に追いつけない。
何と奇妙な。そしてひたすらに面白い!
オンステージではキャストは走ってはいけないというルールがあるが、そんなことを言ってたらできない。走らずにいられるか!
ゲストはどんどんやって来る。みるみる列は伸びる伸びる。僕は必死に最後尾に食らいついていく。ひたすらに面白い。
この瞬間、奇跡に包まれていた気がした。
リード達の作戦では、列はウエスタンランドを通過し、シンデレラ城の前の広場へ向けて伸ばしていく。パレードルートに沿った幅の広い道だ。その先はシンデレラ城前の円形の通路へ沿わせる。
その手前にかかった大きな橋へ、最後尾は近づいていた。開園20分ほどで、たちまちウエスタンランドを通過し突き抜けようとしていた。
SVのMさんが逐一待ち時間を伝えてくれる。ゲスコンリード(屋外の専任リード)が指示を出し、それが最後尾の僕らに伝わる。
またたく間に30分。ほどなく60分。
列はここでいったん落ち着いた。どうやら先頭のゲストの入場が始まったようだ。最後尾がダイヤモンドホースシューまで達していた。
いったん引いて、また列は伸び始める。
リードの次の作戦は、列を広げることだ。
今まで無案内で横二列で並んでいたゲストへ、横に広がって並んでもらうのだ。横に5〜6名ほどになってもらう。列の前方から広がって並ぶことで、最後尾は縮みだし、さっと引いていく。
この頃になると、周辺にゲストの姿がどんどん増えて、並んでいる人もそうでない人も混じっていて、クリッターカントリーの方を見ても、入口がどうなっているか全然見えない。
落ち着いていた列が、また伸び始めた。列は短い周期で伸びたり縮んだりを繰り返す。
最後尾はついに、シンデレラ城前の広場・プラザの手前にある橋(ウエスタンブリッジ)を、超えようとしていた。
この時間帯(9時台くらい)は、橋を超えるか超えないかのあたりで推移していた。
「(待ち時間)90分!」
SVのSさんが伝えに来る。
テレビ取材クルーもやって来た
ジリジリする僕らは、おそらく30分くらいは同じ位置で伸びたり縮んだりする最後尾を見守る。
まさかと思うけど、初日の伸びはこのくらいでおしまいかな?
なんて考えは、甘かった。
ピタッと列の進みが止まり、全く動かなくなった。
心配する暇もなく、最後尾は橋を一気に超えて、シンデレラ城の正面へ突入していった。
待ち時間は2時間へ。
SV達が列をワールドバザール方向へ曲げるよう指示する。
道に沿って、さらに20メートルほど。ここから列はぐんぐん伸び始める。
あっという間にクリスタルパレスレストランまで到達する。
レストラン前に到達した最後尾で、僕は案内を続ける。
少しすると、テレビの取材クルーがやって来て撮影を始めた。
2、3台のテレビカメラを担いだスタッフが代わる代わる近づいて来て、レポーターが僕に質問する。
「今、何時間待ちですか?」
僕は、
「3時間待ちでーす!」
と答える。
ついに3時間だ。
実際にそれだけかかるというよりは、そのくらい多めに言っておかないと危険だったというのもある。
腕時計を見ると、10時30分を過ぎていた。
ここでまたしばらく動かない状態が続いた。この時の、びくとも動かない列に、ひょっとしてスプラッシュは運営停止したのか?と心配になったくらいだ。
ここから弾みをつけて、恐ろしいほどに伸び始める。
最後尾はワールドバザール前を通過し、円形の通路に沿ってトゥモローランドへ。トゥモローランドへ渡る橋の手前まで達すると、SVからがやって来てここで折り返して、と指示が飛び、僕らは列を180度折り曲げる。
再びワールドバザールへ向かい、プラザテラスを通り過ぎ、カリブの海賊の入口前まで到達した。
カリブの海賊のキャストが目を丸くして、こちらを眺めている。
ま、こんな感じだったかな。
一体どこから来ているのか分からない列の最後尾は、アドベンチャーランドへ向けて伸びようとしていた。
伸びはようやくここでストップ。後はスルスルと急速に引いていき、僕らは元来た道を逆戻りして、小走りになるほど素早く列が引いていくのについて行った。
そして懐かしき(笑)ウエスタンランドへ帰還。
懐かしいウエスタンの地へ戻って来てようやく僕ら外固定組は解放されて、休憩へ行くことができた。
いったん小休憩し、また戻って最後尾へついたが、結局クリッターカントリーへ戻れずじまい。まだ最後尾はダイヤモンドホースシュー前で引く様子はなかった。
別の数名のキャストが来て、交替だよ、と告げられた。
気がつくと午前11時30分を回っていた。
☆
昼休憩が終わると、僕ら4人は、通常通りのローテーションを回れるように組み入れられて、中のポジションを順番に回る。
当時は全ポジションを5時間くらいで一周して、再び外のゲスコン・ポジションが回って来たのは午後の2時か3時くらいだった。
アウターキューエリアはフルに、ゲストの列で埋まっていた。
ちょうどその時、この日休みだったオープニングキャストたちが、遊びに来ていたところに遭遇。
で、撮ってもらったのがこれ。
午後の、何の変哲もない時間に生演奏をやっているなんて、すんごいゴージャスで特別な一日だったんだなぁ、と今さらながら思う。
☆
早番勤務が終了し、リードのT山さんが晴れやかな笑顔で
「いやーホント、みんなお疲れ様でしたー!」
と挨拶。この日の熱狂が一気に鎮まっていった。T山さんはいつもホッとさせる人柄なのだ。
勤務を終えてワードローブビルまで戻ってくると、マークトウェイン号のリードのシゲ坊に、
「お前、テレビに映ってたぞ」
と言われた。
あー。あの時のか。
もちろん、僕は見ていない。