10月9日はオープニングキャストにとって史上最悪の日【スプラッシュ・マウンテン011】

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「あの日」とは、オープニングキャストなら誰でも知っている日のことだ。
正式オープン日から、わずか9日目のできごとである。

すでに通常運営が始まって1ヶ月以上たっており、その間に色々なトラブルが発生した。きつねどんの首がもげて落ちたため運営停止したとか、まあいくつかの面白い事件が起きたりしたが、さすがに笑い話では済まない状況になる日もある。

前回触れたような、システム調整はたびたび起きたわけで、一度起きると毎日のように繰り返され連日僕らは謝罪スピールをしなければならなかったりした。
アトラクションなんてこんなものだと、ある種の諦めにも似た感覚でダウンスピールをしていた気がする。後から振り返ると、初期の頃は異常に不安定だったのだと気付くのだが。

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勤務開始して、3分後に緊急停止

その日は遅番シフトだった。勤務開始は15:45からで、僕の最初のポジションはまたしても列の最後尾から。普段と同じくブリーフィングを受け、伝達事項をリードから受けて早速外へ。最後尾はいつも通りがっつり伸びていて待ち時間は140分。

今日も絶好調だ。

早番の人と交替し、僕が最後尾について3分もたたない時だ。外リードのK氏が血相を抱えて僕のところへやって来て、小声で囁いた。
「ダウンした、ラインカット!」
えっ、いきなりか…まだ来たばっかりなのに。

落胆しつつも僕は、急遽今まで待ち時間を告げていたスピールを、システム調整スピールに切り替える。
「お客様にお知らせします。スプラッシュマウンテンはシステム調整のため運営を中止させていただくことに…」

どんどんやって来るゲストへ、運営停止を告げる。
「えーっやってないの?」と驚く人々。

数分後、他のアトラクションのキャストが応援に駆けつけてくる。
この頃のスプラッシュは、ダウンすると近隣のアトラクションから手の空いた人達がヘルプで来てくれる手はずになっていた。僕らの代わりにゲスコンを手伝ってくれるのだ。マークトウェイン、カヌー、カントリーベアシアター、ホーンテッドマンション等、様々なキャストが来てくれた。

彼らが応援に来たら交替してもらい、僕らはスプラッシュの館内へ戻る。これからボート上のゲストの救出へ向かうのだ。ボート乗船ゲストの退出要員として内部へ向かう役目が待ち受けている。

僕が中へ戻ると、すでにステーションのキャストは次々とメインショーエリア(内部)へゲスト救出へ向かっていた。
まだ誰も派遣していない場所へ、僕は指示を受けた。
「お前はBへ行ってくれ!」
リードのK山さんが僕に告げる。

僕は向かった。BとはBリフトのことで、ちょうど正面の滝つぼの右側、ボートが登っていく箇所だ。
到着すると、僕は乗船中のゲストへ謝罪と案内を行う。
先頭の、一番上で停止したボートのバーを解除して、一列目の方からゆっくりと、一人ずつ手を握って介助して、脇の階段へ降りてもらう。
斜面になったボートから降ろすのは、非常に神経を使う。ボート脇の階段へ降りてもらうのだが、座席と階段の間は40〜50センチほど間隔が開いている。斜面になった太い帯状の柱が階段との間にあって下船を困難にしている。
座席から慎重に立ち上がってもらい、僕がゲストの手を握り肘を介助して、ようやく降りる。

1列目の二名を降ろして、2列目のゲストへ案内する。
順番に降りてもらい、8名が降りたら待機、次のボートからも降ろす。

また、この場所の退出方法が他と決定的に異なる点がある。手前の池の部分のボート脇には、降りる岸がないのだ。避難岸は途中で途切れていて、あとは水面。
だが降りることは可能である。
この部分だけ、避難岸を水中に格納しているのだ。緊急時に、電動で浮上させて人工岸を設置できる仕組みになっている、実に贅沢な装置なのだ。水中に沈んだデッキを浮上させ、そこへ下船してもらうことができる。
緊急時のためだけに用意された施設があるなんて、贅沢すぎるぞスプラッシュ(これが呆れるくらい贅沢なのは、他のアトラクションの施設を見て初めて気付けるのだが……)。
全てのボートからの退出が完了し、僕は中へ戻る。

内部はまだ混乱の最中にあったが、元々外のポジションだった僕は自分の任務を完了し、外へ戻っていく。手伝いに来てくれていた他アトラクションの方々にお礼を言い交替する。
混雑するパーク内の各地から、スプラッシュを目指してやって来るゲストへ、システム調整中であると告知を続ける。

運営再開するも再びダウン、僕らは針のむしろ

一時間以上立った頃、復旧できる見込みが立ったようだ。ようやく再開。
その頃には僕は乗り場のポジションへ移っており、中は復旧を待つゲストでいっぱいだった。

当時のスプラッシュでは、システム調整が発生しても館内のゲストはある程度お待ちいただく運営方法だった。そのため、ひたすら二時間以上待った末に止まったゲストは、この時点で3時間前後は待っていたと思われる。
館内に運営再開の放送が流れ、ゲスト達から安堵のため息が一斉に漏れ、再開を喜ぶゲスト達から歓声が上がった。

まさに乗る寸前で止まってしまい、お待たせしていた人々から乗船させる。
「いやーずいぶん待たされたよ」
とホッとした表情で座席に腰を下ろす家族連れのお父さん。こちらも胸をなでおろしたところだ。
いってらっしゃ~い。

しかし。
数台分のボートが出発して行った頃、甲高いアラーム音が鳴り響いた。緊急停止のアラームだ。再開してまだ1分ちょっとしかたっていない。

信じられない、という顔をする僕らキャスト。血の気が引くとはこのことだ。小さな悲鳴を上げる子も。
僕らは無情にも、再びシステム調整のスピールを行った。
乗り場のゲストは、何が起こったのか把握できていなかっただろう。

再び僕は、前回と同じ場所へ退出に向かった。リードのK山さんからは、降ろしたゲストを乗り場まで連れてきてくれ、と指示が。
ボート上には、ついさっき乗り場で出発していったゲスト達が待ち受けていた。
「またかよ、何なんだよ!」
と苛立った男性を降ろす僕。
「いい加減にしてよ!」
と明らかに不機嫌な女性。
乗り場へゲストを連れて戻ると、ステーション内はさらに大混乱に陥っていた。

長時間の調整とパーククローズ直前の、3回目のダウン

一日に2回止まることは今までにもあったので、大変は大変だけど、想定範囲内の大変さだ、と考えていた。
しかし、これほど長い時間、ゲストを内部で待たせるのは初めてだったのではないかと思う。
僕が勤務を開始して直後からだから、すでに2時間以上運営を停止している。僕らは時間が経過するごとにポジションを移っていくので、乗り場だけでなく降り場へ行ったり外へ行ったり。
休憩を挟み、再び乗り場へ戻ってくると、明らかにゲスト達は殺気立っている。いつ再開するんですか、と何度も聞かれるが、まだ調整中です、としか答えられない。

タワーと呼ばれるオフィスへ戻ると、リード達がメンテナンス担当者と協議を続けている。
内容は定かではないが、停止した原因を特定できていない様子だった。調整が終わり、ようやく再開直後した直後に再停止したことからも、早急な再開が困難であることをその場の雰囲気から推し量ることができた。
この状況で、僕らキャストは何もすることができない。ただ再開する時を待つのみだ。

ある時、乗り場へ行ってみると、キャストのN君がゲストの女の子グループと楽しそうにおしゃべりをしている。この緊迫した空気の中で、女の子達は楽しそうに笑っている。N君とその子達の周りだけ明るい雰囲気になっていた。
この場の空気も読まず、呑気なものだな。

その少し後で僕が乗り場を通り過ぎようとすると、男性ゲストから詰め寄られた。
「お前ら、このままで済むと思うなよ!」
と、僕は襟首を掴まれ、ねじ上げられた。

何たるこの違いよ……。

夜19時を過ぎ、20時を過ぎても一向に復旧する気配はなかった。
並んでいたゲストの中には、諦めて他へ行ってしまった方々もいたが、一方再開を待ち望んで、いまだに並んでいるゲスト達は生殺しにあっている。
一体どうなるのか、僕らキャスト達も気がかりだった。
最終判断を下さなければならない時が近づいているはずだった。

正確な時間は全く覚えていないが、その後、21時過ぎくらいにリードから指示が出された。
再開するぞ。準備をしろ。

僕らは祈るような気持ちで準備を進めた。ようやく再開だ。
この時の僕はどこにいたか覚えていない。(思い出したら追記します)
ただ、ギリギリのタイミングで再開した後の流れからも、館内のどこかのポジションにいたことは間違いない。

乗船が始まり、緊張の数分間が過ぎ、ようやく通常の運営が始まった、と安堵の胸をなでおろした。

ずっと残っていたゲストが待ち時間でおおよそ1時間分並んでいて、彼らを乗せればちょうどぎりぎり22時の閉園までに乗り終わるくらいか。つまり再開したとしても、新たな入場をするのは厳しい。
確か、再開の告知をパーク全域にしたとほぼ同時に新たなゲストの入場を終了させた。

約10分後、またしても僕らは緊急停止のアラームを聞くことになる。
今度は、乗ったゲストがほぼ降り場へ戻ってくるくらいのタイミングで停止してしまった。
そしてこの時点で本日の運営は終了となってしまった。いくら復旧作業をしても22時までに再開することが不可能だったからだ。
しかし今まで待っていたゲストは、到底納得できるものではない。最高に待たされた人は、列内で6時間、止まるまでに2時間、計8時間近く待っているはずだ。

僕はこの日、3回目のゲスト退出へ向かった。今度は滝から落ちる直前の登り坂の箇所である。すでに一人、先行して向かっているので、ヘルプで向かってくれ、と指示を受ける。
そこへ行くには、途中で降り場を横切っていくのだが、降り場から出口へ向かう通路は人でいっぱい、満員状態だった。誰もが怒りを収めようともせずざわついている。
その場を通過しようとすると、降り場にいた一人のゲストのおじさんが僕をつかまえて怒鳴った。

「おいてめえ、今すぐ責任者を呼んでこい!

困った。僕はこれからボート上のゲストを降ろしに行かなければならないのです……などと言えるわけもない。
かと言って、そのまま無視するわけにもいかない。
はい、とだけ答えて僕は元来た道を引き返す。

「お前の顔、覚えたからな。逃げるなよ!」
と捨て台詞を背中に受けて。

だがこの状況で、責任者であるリードが来れるわけがなかった。退出作業の真っ最中で、多忙を極める時間だったからだ。そして他に連れてこれる責任者などいるわけがない。
困ったな……と思いつつ戻ってみると、ちょうどSVのSさんが到着していた。
実は今、ゲストから責任者を呼んでこいと言われてまして。
「よし、私が行こう」
と言ってくれた。
うおーSさん、救いの神様!
普段は厳しい一面を持つSさんであったが、この時ほど彼を尊敬したことはない。助かった、と思って降り場へ行こうとすると……

出口通路は、怒り狂って暴徒と化したゲストの集団が滞留していた。
「馬鹿野郎ー!」とか
「金返せー!」
などの怒号があちこちで上がっていた。その場に突入していった僕とSさん。
そこで、Sさんは突然、
「私がお話をお聞きいたします!こちらへどうぞ起こし下さい!」
と言い、そのまま数十名のゲストに囲まれたまま、一緒に出口へ流れていって(連れ去られて)しまったのだ!

さらに困ったのは僕である。
責任者を連れてこい、と言ったおじさんはどうなるんだ。Sさん、それはないでしょ……!
身動きの取れない僕は、究極のピンチに立たされてしまった。
このままボート上のゲスト退出へ向かうことはできず、きっと先に現地へ向かったキャストのサトちゃんは困っていることだろう。しかしまた戻って責任者を連れてこれるかというと絶望的だ。
一体どうすればいいんだ!

終礼で、リードのK山さんは言った。
「今日はお疲れさん。みんなよくやってくれた。感謝する」
普段から割とドライな彼は、僕らへねぎらいの言葉をかけてくれた。
タワーコンソールに腰を掛け、椅子にブーツを脱いだ足を乗せて、とつとつと語りかける姿が印象に残っている。
今後、今日のような事態になった時の対応について、語る。
「とにかくゲストには謝ってくれ。頼む。後は俺達が何とかする」
スプラッシュのオープニングリードで、僕が最も尊敬するK山さん。普段はとてもドライな喋り口なのだが、さすがに今夜は彼なりの誠意あるコメントで、今日の忌まわしい一日を締めくくってくれた。

翌日、出勤してから前日の状況を教えてもらった。
SVはみんなクレーム対応に追われ、朝まで帰れなかったようだ。

また、スプラッシュの館内の施設はひどいことになっていた。木製の柵があちこちで破壊され、折られていた。巻きつけられていた飾りのロープもほどかれて投げ捨てられていたり、キャビネットの扉はちょうつがいが外れ戸が傾いて閉まらない。装飾物がいくつも剥ぎ取られて持ち去られていた。
まるで嵐が過ぎ去った後のような状態だった。

さて、大ピンチの僕はどうしたのか。
覚えているのは、いったん責任者を探しに行ったが誰もおらず、少し時間がたって(降り場はあまりにもゲストが溢れていてすんなり進めなかった)、再度困り果てて降り場へ向かった。とりあえず責任者を探しているとだけ伝えておこう、と。

しかし、例のおじさんゲストはいなかった。
おそらく、先程のSさんに付いていった集団と共に出ていったようだ。

ボート退出作業へ向かうと、サトちゃんは冷静に作業を進めていて、僕も途中から手伝い、ゲストを無事退出完了した。この時はそんなにゲストは怒っていなかった。まあ最後の滝から落下する直前だから不満はあっただろう。クライマックス直前だからね。

その後何年もの間、オープニングキャストに会うと、この日、10月9日の話題が必ずと言っていいほど出てきたものだ。
翌年の同じ日に勤務した時も、去年はひどい目にあったね、と思い出話になったりして。

K山さんは、先日テレビにさりげなく登場していましたね。随分風貌が変わったなぁ。
ま、僕も同じだけ歳を取ったけどね。

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あっくんさん

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元TDLにてアトラクションキャスト勤務を経験した十数年間を回想する場。このブログはそんな僕の、やすらぎの郷でございます(笑)。

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