前回、非常に重い話を書いたので、今回はちょっとライトな話をします。
目次
SOP(Standard Operating Procedures)と呼ばれたマニュアル
いわゆる「マニュアル」と呼ばれるものがディズニーの各部署には必ず存在する。
僕が辞める少し前に名称も変更されてしまったが、当時はSOP(標準作業手順)と呼ばれるもので、A4サイズの用紙が二穴で留められ、表裏の表紙に挟まったものだ。中身は項目別に1-1-1、1-1-2と章立てられて綴じてある。
途中で内容が追加できるようになっているわけだ。
初期の頃のスプラッシュのマニュアルは250ページ前後あった。厚さで4センチくらいか。紙質が普通のコピー用紙よりやや上質なため結構重く、決して読書には適さない(笑)。
僕ら一般のキャストとは違い、立ち上げプロジェクトのメンバー、つまり最初のリードやトレーナーたちは、このマニュアルを作成することが主たる業務の一つだった。
オープンしてから数年後に、立ち上げ当初のリード達の作成したマニュアルの原本を見たことがある。
マニュアルそのものの原本になった資料で、分厚いバインダーを開くと、印刷された用紙におびただしい数の項目が手書きで修正を加えられ、全ページに渡り、数百枚の付箋がびっしりと貼られていた。
それを見ても、立ち上げ時のマニュアル作りがいかに大変な労苦を積み上げて完成したものだと分かる。
作業手順の一文一文を、リード達は実に丁寧に積み上げて行ったのだろう。
そんな苦労をほとんど知らない僕ら一般キャストは、それらがほぼ完成した状態でやって来た。トレーニングや研修、また初めてアトラクションが稼働するただ中に放り込まれたのは筆舌に尽くしがたい経験だが、それも含めて全ては立ち上げから始まっているのだ。
プレハブ小屋が、元スプラッシュ立ち上げプロジェクト事務所
スプラッシュが建設されていた当時、クリッターカントリー以外にもう一つ新設された施設がある。
と言っても遊ぶ施設ではない。こちらはクリッターカントリーより一足先にオープンした。
従業員用食堂、Tラウンジである。
Tラウンジは、ちょうどスペースマウンテンの隣にあり、当然ゲストは見ることができない。
僕がマークトウェイン号で勤務している時は、食事休憩の際は、わざわざワードローブビルという着替える場所まで戻っていた。オンステージを突っ切っても片道5〜7分はかかる。やがてオンステージを往復するのが禁止になり、裏側を通ると7〜10分。正直、時間がもったいない。
スプラッシュでの研修期間中は、食事休憩の時間は余裕があったので、トレーナーのヒデト氏に頼み込んでTラウンジに行かせてもらった。
新しい社食は、何もかもが新しい。そして珍しいことに、BGMまでかかっていたのだ。J-WAVEが流れている!これはかなり衝撃的だった。それ以外の食堂にはBGMなど一切ない。(ディズニー・シーができてから作られた新食堂は流れていたかな? 忘れてしまった)
トゥモローランドのキャストはこんな洒落たところで休憩できるのか、と羨ましかったものだ。
まあそれはいいとして。
Tラウンジの近く、横あたりに、びっくりするほどお粗末な物置みたいなプレハブ小屋が立っていた。入口の扉が開いていて覗くと、中は机が並んでいて、事務作業ができる配置だ。
僕らが初めてTラウンジを利用するためにその場所へ来たのは、最初の2週間のトレーニング中のことだった。
シャトルバスを降りて停留所のすぐ前がTラウンジ。
その時、トレーナーのヒデト氏が言った。
「あそこがスプラッシュの立ち上げプロジェクトチームの事務所だったんですよ」
小屋を指差すヒデト氏。
は?
「アレですか?」
と聞くと、
「そう、あれです(笑)」
やっぱり小屋を指す。
まさかである。
まだクリッターカントリーが建設中は、建物内部に入れない。そこで立ち上げプロジェクトチームは、その狭い事務所で作業をしていたのだという。
僕らが見た時はすでにリード達はそこを引き払い、スプラッシュ館内へ移動していたようだが、少し前までここからクリッターカントリーへ日々通っていたそうだ。
あんな狭い掘っ建て小屋からスプラッシュは始まっていたと思うと感慨ひとしおだ。
マニュアルに記載された一文こそ、彼らを尊敬するまごうことなき理由
本題に入る。
SOPは、その部署で行う全作業手順が細かく掲載されている。手順が一から箇条書きで丁寧に記載されていたり、コンソールのスイッチの配置図や各場所の名称・ポジションの職責など、事細かに記載されている。
だが日常の業務であれば、重厚な書物を読まなくても誰かが知識を持っているので、分からない時にいちいちそれを開くことはしないものだ。だから実態としてはそれほど活躍する資料ではない。
つまり普段はほとんど見ない。
だがトレーナーになるとそうもいかない時もあり、折に触れページを開き、本来の解釈を再認識したりする。
ある時、偶然見つけた一文が今でも印象に残っている。
後半の後ろの方に、ワーキングリードの職責が設けてある。そう、キャストの職責だけでなく、リードの職務に関しても記述がある。
そこにあったのが、
「ワーキングリードは、ゲストに対してと同様にキャストに対しても、コーテシー(礼儀正しさ)を持って接しなければならない」
僕はこの一文が好きで、何度も読み返していたものだ。
まさにこれは、オープニングリード達が仕込んだ僕らキャストへのメッセージなのだ。
癖の強い個性的なリード達。あの彼らがこんなことを考えていたと想像するだけで僕はニヤけてしまうのだ。
このSOP、スプラッシュがオープンして約5年後に大幅な改定が行われた。内容が刷新されたのだが、残念なことに、新しくなった資料を開いてみると、この一文がどこにも見当たらなかった。削除されてしまったようだ。
ちょっと寂しく感じたっけ。
実際は5年目の頃のリード達の方が、優しい人が多かったんだけどなぁ(笑)。