目次
スピールは基本中の基本であり、無限の可能性を発揮する武器である
どうすれば、ゲストはボートにてきぱきと乗り込んでくれるだろう。
どこで時間を切り詰めたら出発時間を早めることができるだろう。
答えはいくつかある。
・キャストが速く動く
・ゲストへの案内を早めに始める
・2つ以上の作業を同時並行で行う
そして、スピールを工夫する。
詳細は秘密だけど、スピールの言葉遣いや声を出すタイミングによって、劇的に出発時間が速まることに気づいた。
それらの相乗効果でボートの出発タイミングはどんどん速くなっていった。
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前にも触れたが、アトラクションの待ち時間を減らすことは、パスポートの価値を高める。
たとえ5分でも待ち時間が減らせれば、ゲストは余った時間で、閉園時間直前にもう一つアトラクションに乗れるかもしれない。
別の楽しみを増やすことにつながる。
そう思えばこそ、効率を上げることはアトラクションの至上命令なのだ。
実質的には、キャストたちがめちゃめちゃ頑張って、待ち時間が90分だったのを85〜80分に下げる程度だったりする。
そんなわずかずつの努力が積み重なって、減らせたのはたったの5分だけかもしれない。それでもかまわない。
それがゲストに対して行える、数少ない僕らなりのサービスだから。
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各々が、限界の先を目指して挑戦していた。
よーし、できるだけのことをやってやろうじゃないか。
自分にできることは全てやり尽くして、これ以上はもうできないというところまでやってやる。
誰に言われたわけじゃないけど、オープニングキャストの意地みたいなのが芽生えていた。
リードからは繰り返し効率の重要性を、回りくどく伝えられていた(あまりストレートに言うと、安全性をおろそかにするので遠回しに言うのだ)。
乗り場で、バーを下げる役目のポジション。
このポジションは休憩から戻って最初に入るんだけど、特に食事の直後で、全力で動きまくって、約20分フルに体を動かすと、冬でも全身汗だくになる。
あまりにも激しく動きすぎたせいで、交替されて次のポジションに移った頃に、吐き気をもよおしていたくらい(笑)。
ある時など、もう喉まで出かかっていて、もしその時誰かに肩を叩かれたら、その瞬間に戻していただろうってくらいひどい状態だったりしたな。
心の中で、『気分は爽快! 静まれ、静まれ!』と祈りながら深呼吸を繰り返し、必死にこらえて落ち着くのを待っていた。
最初の半年くらいはそんな調子だったけど、徐々に慣れてきて、一年ほど過ぎた頃には、どんなに激しく動いても平気になっていた。
人間って、慣れるものなんだなぁ、と思った(笑)。
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そうやって、乗船効率が上がると、こまめに最後尾の位置を確認する。
スーッと列が引いていく。どうやら待ち時間が減ったようだ。
入口付近に立っている、待ち時間を知らせる柱(ウエイトサイン・スタンション)にはめ込んだ、待ち時間のプレートを交換する。
たった5分だけど、待ち時間を下げる。
その様子を見ていたゲストが、
「おー、少し下がったよ。並ぼうか」
と安堵の声をもらし、入口から入っていく。
それが僕らにとって、何より誇らしい。
どうだ。ちょっとだけど、減らせたぞ。
そんな日々を積み重ねて、スプラッシュがオープンして一ヶ月が過ぎた頃だろうか。
ついに、一時間あたりの乗船人数が2000を超える日がやって来た。
午後〜夕方にかけて、2回か3回、2000名を超える時間帯がポツポツと出てきたのだった。
着実に乗船スキルが上がっていった証拠だ。
スピールのし過ぎで、肋骨にヒビが入ってしまったことも
スプラッシュ・マウンテンが運営停止すると、ゲストへ告知しなければならない。その時の案内を、ダウンスピールなどと言うことがある。
今はスプラッシュはやっていませんよ、と伝えるのだ。
現在、パーク内の各所では、当たり前のように掲示板があって、アトラクションの待ち時間や運営状況を告知している。
これ、実にうらやましい。
僕が現役の頃はまだインフォメーションボードがなくて、いつもこういう案内板があれば便利なのになー、と思っていたものだ。
わざわざ現地に来なくても、運営していないことが離れた場所にいるゲストに伝わればいいのに、と。
もちろん付近のゲストに聞けば、教えてくれるだろう。
でも聞かなきゃ教えてくれない。
トゥモローランドにいるゲストが、ウエスタンランドのアトラクションの休止情報を知る手段は、直接キャストに尋ねるか、現地に行かなければ分からなかった。
いい時代になったものだ。
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ある日。
スプラッシュがダウンして、長時間の運営停止を余儀なくされた時があった。
かなり混雑していた日で、園内を歩くゲストの数も明らかに多い。
そこで、クリッターカントリーの入口付近でスピールを始めることになる。
数名のキャストが散らばって、坂を上がろうとする人々へ告知する。
「ただ今スプラッシュ・マウンテンはシステム調整のため、ボートの運営を停止しております、誠に申し訳ございませーん!」
「現在のところ、再開の見込みは立っておりません!」
ゲストは後から後からやってくるので、間断なく言い続けなければ気づいてくれない。坂を上がってスプラッシュ入口まで行って、やっていないと知ると無駄足になる。
「やってないならもっと手前で言えよ!」
よく僕もゲストに怒鳴られたものだ。
しかしやって来たゲストから質問をされて、答えているうちに、どんどん他の人達は通過して行ってしまう。
だから、できるだけ間を空けずにスピールをしなければならない。
キャストの人数が少ない日に、僕はクリッターカントリー入口でスピールを繰り返す。
長時間やっていると息苦しくなってくる。酸欠状態だ。
そこで何度も深呼吸を繰り返し、またスピール。
気がつくと、胸のあたりがズキズキと痛い。
痛みはどんどん強くなってきた。でも休むわけにも行かず、気にしないようにしていたが、痛みは消えない。
その後、数週間に渡り、痛みは消えなかった。
(放置していたら、自然と治ったが)
何年か後に、肋骨にヒビが入ったことがあり、病院に行ったことがある。
レントゲンを取られ、ヒビが入ってますね、と。
あ、あの時と同じ痛みだ、と思い出した。
どうやら激しく息を吸い込み過ぎて、やってしまったようだ。
自分でもびっくりした。
スプラッシュ・マウンテンの流儀を変えるしかないと悟った
話を戻そう。
僕が当時、質の低い対応をしていたと感じていた先輩たち。
彼らは、やる気がない(か、改善する意欲がない)人たちなのだ、と思っていた。
でも実は、彼らはジェットコースター型アトラクションのやり方に慣れきっていただけかもしれない。
それは、「彼らの先輩たちがそうやっていたから同じようにやっていた」だけなのでは?
僕をはじめとしてほとんどのキャストが、先輩の背中を見て同じようにスキルを磨いていく。先輩がこれでいいんだと信じて行っていた対応を、そのまま受け継いでいただけなのかもしれない。
と、何年も観察していて気がついたのだ。
だとしたら。
僕らは、そんな古い価値観ややり方を変えていかなきゃいけない。
たまたま僕はマークトウェイン号からやってきてスプラッシュ・マウンテンに来た。
動くシアターのようなアトラクションの流儀を携えてやってきたわけだが、そこにいた人たちは、ジェットコースター型アトラクションの流儀をバラまいていた。
これが私達のやり方ですよ、これでいいんだから、と先輩が言ったからと言って、そのまま無思考で受け継いでやっていていいわけがない。
前々回、列の調整に神経を注がないといけない状況について触れた。
長い列の付近にいるキャストを見ていれば分かるが、常にせかせかしている。落ち着くことなど永遠にないかのように。
特に列の最後尾近くは、目の回る忙しさだ。
ゲストが集まってくる。何か知りたいことを聞いてくる。何分待ちか知りたがる。別の施設への行き方を尋ねてくる。小さなお子さんを連れてきて乗れるか確認が必要になる。
しばらくすると列はあさっての方向にひん曲がるので向きを修正する。列が伸びすぎればキューエリアを設置するから手伝ってくれと他キャストから依頼される。パレードの時間が近づいてくれば周辺はさらに混み合ってくるので、パレードを邪魔しないようなコントロールが必要になる。
その間も、スピールは続く。
ゲストがやってくる限り、永遠にスピールは続けるのだ。
そして、僕が理想とする流儀は、実現するのか。
ジェットコースター系に特有の荒っぽい流儀は、変えることができるのか?
僕は、途方もなく大きな壁にぶつかろうとしているのかもしれない、と感じ始めていた。