ディズニーのキャストと言えば、マニュアルでガチガチに固められた作業機械のような従業員ばかりと思われるかもしれないが、とんでもない。
ここは、個性のるつぼだ。
それぞれに個性があって、くせがあり、長短あわせ持った連中がひしめいている。
個人の性格も様々だが、それに加えて勤務場所によって気質というか、カラーもあったりする。
今回は、そんな話をしてみようと思う。
目次
「アドベン・ウエスタン」対「トゥモロー・ファンタジー」
まだディズニー・シーがなかった頃、僕らが所属する運営部は大きく3つに分かれていた。
ワールドバザール、トゥモロー&ファンタジーランド、そしてアドベンチャー&ウエスタンランド。
当時はこの3つの区分(エリア)で構成されていた。
ワールドバザールにはアトラクションはなく(ガイドマップ上は存在したけど、運営部が関わらない施設)、僕には全く馴染みのないエリアだった。
僕が最初に配属されたのはウエスタンランドだ。
運営部の中では大きなくくりがあって、アドベンチャーランドとウエスタンランドが一緒の管轄エリアだった。
パークデザイン上は全然違うテーマランドの区分だが、社内の人的交流の面で同じ枠、という扱いだ。
僕が蒸気船マークトウェイン号にいた時に、アドベンチャーランドの「ウエスタンリバー鉄道」へ行っていたことがあったのも、そのカテゴリー分けがあったからだ。
一方、ファンタジーランドとトゥモローランドは同じ管轄になる。
だから、アドベンチャーランドのキャストが異動する時に、いきなりトゥモローランドに異動することはほとんどない。(あるにはあったけど、超レアだった)
ずっと後になって交流が活発になりエリアの枠にとらわれなくなったが、この時代はきっちり分かれていた。
ただし正社員には制限がないので、別エリア間の異動は頻繁にあったが。エリアどころか全く別の職種に異動することも珍しくない。
ともかく、アドベンチャーランドとウエスタンランドは、略して「アドベン・ウエスタン」と呼ばれていた。
★
アトラクションキャストに限ったことかもしれないが、アドベンチャー/ウエスタンランドと、トゥモロー/ファンタジーランドは、明らかに異なる文化を形成していた。
でも、どこのキャストも同じようにゲスト対応するのだから、何が違うのかと思われるだろう。
大まかに言うと、エリアの違いによってキャストの気質と言うか、性質がちょっと違うのだ。ところ変われば性質も異なるだなんて、気候風土が何らかの作用をしているのだろうか、と思ったりもする。
僕がキャストになってから周囲の人たちが一様に口にしていたのが、
「トゥモローファンタジーは細かい」
という点だ。
細かいとは、勤務する上での手順、言葉遣いや姿勢など全般に、いちいち小うるさいというのだ。
それに比べて、
「アドベンウエスタンはアバウトだから」
と言う。
一例をあげよう。
キャストがやってはいけないことの代表的なマナーの中に、
「立っている時に、後ろ手を組んではいけない」
というのがある。
真っすぐ立っている時に、なんとなく手持ち無沙汰な時がある。そんな時、つい両手を後ろに回して、警備員のように後ろで手を握ることってあると思う。
でもこれはNGだ。理由は、偉そうに見え、威圧感を与えるから。
これはエリアに関係なく、共通のルール。というか常識だ。
「トゥモローファンタジーはもっと細かいぞ」
とマークトウェイン号時代に言われたことがある。
「あっちは左御前(ひだりおんまえ)って言ってな」
左御前? 何じゃそりゃ?
キャストがパーク内で立っている時。
両手を体の前で組む際に、左手の甲を前にして組む姿勢をそう呼ぶ。
右手を前に重ねて組んでいると、相手を攻撃する意思があるとみなされるからだそうですよ、みなさん(笑)。
右手を隠して左手を前にして手を重ねるから、左御前という。
キャストが手を組んでいる時、右手が前か左手が前か、気にしているゲストがどのくらいいるんだろうか、とも思うが。
僕が入った時代には、まだそんな風習が残っていたようだ。
後に、僕がトゥモロー・ファンタジーランドで勤務した際には一度も言われたことがなかったので、きっといつの間にか廃れてしまったのでしょうね。
ウエスタンランド、特にアメリカ河のキャストは、鷹揚な雰囲気が漂っていて、誤解を恐れずに言えば『心が広い』ムードを醸し出していた。
のんびり流れるアメリカ河のように、細かいことにこだわらない姿勢、それは勤務する僕らにとってもある種の安心感をもたらしてくれる。伸び伸びとやらせてくれるような雰囲気が自然と形成されていた。
だからといって、だらしない態度が許されていたわけでもないし、マナーを理解しない、できない人はお叱りを受けていた。決して甘やかす文化ではない。
端的に言うと、『引きずらない文化』とでもいうのだろうか。
その結果、居心地のよいエリアとなって周囲に影響を及ぼしていたと思う。
おおらかさ万歳。そういう雰囲気が残っていることが懐かしくもあり嬉しくもあり。
みんなで楽しく仕事しようぜ。
それが、僕がいたアドベンウエスタンのルールだった。
しかし、全く異なる価値観が形作られようとしているのを、僕は気づかなかった。
スプラッシュ・マウンテンの風土は、ウエスタンランドとはまるで別物になりつつあった
初期のスプラッシュマウンテンは、ランドの全エリアから選ばれて異動してきたキャストたちで構成されたから、各々が自分の出身地の価値観を持ち寄ってきた。
別エリアから来た人たちと完全な新人との集まりからなる新アトラクションは、最初ごった煮状態で、みんながバラバラな価値観でオペレーションを行う。
通常の作業手順(オペレーション)はまだまだ粗々で、ところどころに穴の空いた不完全な状態だった。こんなことが起きたらどうする?といった基本的な状況が固まっておらず、その場その場で対処するような感じだったのだ。
ということは、キャストによって対応方法が少しずつ異なるのが常だ。全く違うわけじゃないけど、ある人はユルユルで済ませ、別の人はきっちりやらないと気が済まない。
人によってやり方が異なると、何が起きるか。
あなたのやり方は違う、と言い出す人が現れるのだ。
★
僕ら異動組の中でも同じエリアから来た者同士だとお互いに顔見知りだから、最初に仲良くなる。やはり共通項があると親密になるのも早い。
みんなで一緒に食事に行ったりすると、よく話題になった。
「あの人がこう言っていたけど、必要ないよね?」
「あー、私も言われた」
そういう時は大抵、揉める。
「○○さんはファンタジー出身だから」
「あー、それでか」
で、納得できてしまう。
アドベンウエスタンから異動してきたトレーナーがいたら、ちょっと言ってみる。
「タカオさんから言ってやって下さいよ」
「うーん、あいつうるせえからなぁ」
同じトレーナーからでも言いにくいようだ。
一つの作業手順を、ある人はこれでいいと思い、また別の人はこれではダメだと否定する。残念なことに、おおらかなやり方と小うるさいやり方がぶつかった時、勝つのは大抵後者だ。
なぜなら、最も無難な落としどころが、「細かくルールを決めてそれを着実に実行する」だからだ。
きちんきちんとやることに文句を言う人はいない。おおざっぱにやって見逃したりチェックが甘かったりすると、たちまち問題になる。
つまり、細かく決め事をして忠実に実行するのが最も無難なのだ。
オープニングキャスト達の価値観は少しずつ、細かい方へ押し流されていった。
古巣を離れて新天地へ来たのはいいが、苦い水に飲み込まれそうになっている新アトラクションを、僕は微妙な面持ちで眺めるしかなかったのだ。
アドベンウエスタンの気風は、ここには存在しなかった。
……いや。
それが僕の大きな勘違いだと気づくのは、ずっと後になってからだった。