スプラッシュ・マウンテンの手順は確かに細かい。
まず、スプラッシュ・マウンテンがパーク内で専有する面積が、かなり広い。クリッターカントリーの一番奥から、グランマ・サラのキッチン(レストラン)を挟んだ位置にあるファストパス発券所までをカバーする。
これだけ広い場所で活動するため、キャストも多めに配置されている。館内と入口と発券所で常時20名以上が稼働している(時期による)。
ポジション一つ一つに細かい手順が定められていて、全員がきちんと業務をこなすことで全体がスムーズに動く。
目次
アトラクションは規模の大きさとキャストに求められる厳しさが比例する
さて、スプラッシュマウンテンに来たばかりの僕自身は当時、細かい手順についてどう考えていたか。
まず、ボタンを押して乗り物を動かすアトラクションの勤務が初体験だったため、何がよくて何がダメなのかがよく分かっていなかった。トレーニング中に、ライドの機能やら操作方法などの説明を受けてもピンと来なかったくらいだから、仕方ない。
ただし、ゲスト対応に関してはそれなりに経験を積んでいたから、ライド操作よりゲストに関わる部分で若干細かいなと感じることはあった。蒸気船と比べればポジション数もぐっと増え、キャスト数も多かったのだから仕方がない。
だが僕は、アドベンウエスタンの出身だ。マークトウェイン号のリードから晴れて推薦をもらってやって来た。恥ずかしい真似はできない。
ならば、やることは決まっている。
「適当にやってやれ」
というとちょっと誤解を生むかもしれないが、必要以上に細かくやる必要もないだろう、と考えていた。
スクリーニング漏れという名の”宿痾”
そんなある日。
僕がゲスコン(屋外の案内ポジション)についていた時のこと。場所は滝つぼの前あたりだ。
その時もスプラッシュは満員盛況、待ち時間は2時間を超えていた。アウターキューエリア(仮設の列)が建物入口から延々と広がっている。
折りたたまれた列はクリッターカントリーの半分の面積を専有して、ウエスタンランドに飛び出して伸びていた。
僕は、広大な列の中腹あたりをモニターしている。
その時、とある先輩キャストがやってきて、ちょうど僕の横を通り抜けようとしていた。
列の中を進む親子連れを見つけ、
「あの子、(身長確認の)声をかけたの?」
と聞いてきた。
キューエリア内を往復して進んでいる親子連れの中に、小さい子どもがいる。見た目でも身長制限ギリギリな感じだ。でもよく見れば、このくらいならまあ行けそうだ。
おそらくぱっと見た感じ、93センチはあるんじゃないかな。身長制限が90センチだから、ほんのわずか超えている。
何度もお子さんの身長を測っているうちに、制限に近い身長の子を、測らなくても見当がつくようになっていた。
「いえ、まだ」と僕は答えた。
「やんなきゃ駄目よ」
「大丈夫そうじゃないですか」
「測ってみないと分かんないでしょ。足りなかったらどうするの」
彼女は言った。
ほぼ大丈夫だと思うけどな。
(あの子が身長をクリアしていると見た目で判別できないとしたら、逆にあんたの目は大丈夫かい、って心配になるけど?)とは思ったものの、
「じゃあ近づいてきたときに」
と答えておく。
「今すぐ行って」
「え、列の中に入って?」
「当たり前でしょ、今すぐ」
全く、うるさいな……。
僕はロープで仕切られた中に入り、並んでいるゲストの横を通り抜けながら、列内のお父さんに声をかけにいく。
今まですぐ身長を測らせてください、とお願いし、なんと列から出てもらい、近くの計測場所へ来てもらい、測って、列に残っていたお母さん達の元へ戻ってもらう。
もちろん、この家族連れは入口で並び始める際に、一回身長確認は済ませているはずだ。
……何と無駄な作業なことか。
こんなのは実によくあることだ。
★
こんな小うるさい人がけっこういたので、休憩時に他のキャストに不満をぶちまけると、だいたい同調してくれる。
「あー、あの人は言うね」
「ムカつくわー」
こういう不満は誰でも経験があるので、僕の話もすぐ分かってくれる。
その場では単なる不満話で終わってしまうものだが。
しかしほどなく、僕らにとっては見過ごせない事象が、しかも頻繁に起こるようになるのだった。
それが、まだ残っていたおおらかさを、いっぺんに吹き飛ばしてしまった。
マサカズさんの土下座
オープンして1ヶ月もたったある日。
僕が休憩していると、K谷君が血相を抱えてやって来た。その日は僕とK谷君はローテーションで、同じタイミングで休憩に出られるのだ。
彼は明らかに憔悴し切った顔でやってくるなり、僕に言った。
「うわー、つらいっすよ!」
何のことだか分からない。聞いてみる。
「さっきスクリーニング漏れが出たんですけど、マサカズさんが対応してくれて。お父さんがメッチャ怒り狂ってて……」
彼がエントランス(建屋入口)のポジションにいた時のことだ。列に並んでいた家族連れに小さなお子さんがいた。
K谷君が身長確認をお願いすると、わずかに足りない。スクリーニング漏れだ。
アトラクションの利用規定を満たさないゲストが並んでしまい、それが発覚することを「スクリーニング漏れ(スクリーニングミス)」と呼ぶ。
待ち時間は2時間を超える日だ。ここに到達するまでに、90分は並んでいるはず。
そこでK谷君は家族連れのお父さんに、お子さんが乗れないことを告げた。
お父さんは激怒し、責任者を呼べ、と詰め寄った。その日のリードはマサカズさんだ。
対応するマサカズさん、しかしお父さんの怒りは治らない。
「お父さんが土下座して謝れって言ったんですよ」
マサカズさんは、実際にその場で土下座して謝ったのだという。他のゲストが並んでいる横で、地面に頭をつけて、謝った。誰かの見逃した小さなお子さんが、入口を通過してしまったがゆえに。
「いやー、もう見てるのが辛かったです。もうたまらないですよ……」
K谷君の、それを見ていた場面がありありと想像できた。
僕らの大人気リードのマサカズさんが謝っている姿を思うと、K谷くんの心境が、痛いほど伝わってきた。
あとで当のマサカズさんに聞いてみると、
「いやー(ゲストのお父さんが)土下座しろって言うからさぁ、しょうがないから謝ったよ。もう参った参った」
まるで他人事のように飄々と答えてくれたのは、彼のキャラだからこそだ。
でも実は、こんなことは日常茶飯事でしょっちゅう起きていたのが実情だ。
★
誰かがミスをした。それは不注意や不可抗力によるものかもしれない。
判断基準が厳しい人とそうでない人がいた場合、厳しい人の方がより多く発見するだろう。
基準がゆるい人は、多くの「乗れない人」を見逃し、乗せてしまう危険性がある。
厳しい基準で確認しているキャストがいれば、そこで発覚するだろう。複数のキャストの誰か一人が、列内のどこかで乗れないお子さんを発見する。
しかし、誰かが見つけてくれるだろう方式は、危うい。個々のキャストに依存した方法は、システムとしては不完全だ。
僕らの業務内容は『否が応でも』細かくならざるを得なかった。
大型アトラクションにとって、細かい作業の積み重ねは避けることのできない宿命ということだ。
★
「(スクリーニング)漏れはなくならないよ、絶対」
スペースマウンテンから異動してきた某キャストは言った。
「アウター(キュー)を全部見てられるわけじゃないし、勝手に入っていくゲストは止められないし」
スプラッシュの列は、待ち時間が30分以下なら屋内に収容できる。それ以上の待ち時間になれば、列は屋外に仮設したキューエリアに収容する。
その全ての列を、常時監視するわけにはいかない。それだけの人数のキャストを確保できないし、現実的ではない。
長い列のどこかから、小さな子供を連れた家族が(連れと合流して)勝手に入っていくのを止めることはできないのだ。
できるのは、見つけたら声をかけることくらい。
途中途中で、お子さんの身長確認は済まされましたか、と声をかけるとか。
(声をかけるだけでは不十分で、確認しないと意味がないのだが)
★
そんな中、職場の息苦しさを感じて耐えられなくなった人たちは、スプラッシュを去っていった。元のロケーションに逆戻りしたり、あるいは退職を選んだ。
何度か不満を漏らし、最近仕事がつまんないよね、と言っていたキャストがいた。
最近見かけないな、と思っていたら、
「○○さんなら退職したよ」
とリードから教えられて初めて知ったり。
前触れもなく、オープニング仲間たちが次々と去っていった。
ますます「おおらかな風土」は消えていき、風前の灯となっていた。
(つづく)
おまけ:♡クリッターカントリー秘宝館・仮設出張所♡
ゲスコンとかキューエリアとか、文章だけで説明するのは難しい。
写真があったな、と思い出してみて、本編より少し後の時代のがあった。たぶん、1995〜1996年くらいかな。
写真を直接撮ってみたらやっぱり写りが悪い……。
変なポーズでドヤっているのは、この日自分が外浮きだったから調子こいてるんですね(笑)。
背後にスプラッシュ山が写っているのが、やっぱ映えるよなー。
手前の列は左側へ伸びていて、このくらいだとたぶん100分を超えたくらいかな。時間は昼間のパレードを約30分後に控えたくらいの時間だと思う。
奥の真ん中あたり、ぽっかり列が消えているけど、これは徐々にゲストが減ってきたから。減ってきたけど手前のキューエリアはまだ撤去できない。
なぜなら、まだまだゲストはじゃんじゃんやってくるし、パレード前に列が伸びたらパレードルートをよけないとならず、だがそうすると列をビッグサンダーマウンテン方向に伸ばさないといけないからだ。
でも、あちらの列も同じくらい伸びていて、ぶつかりそうになったことが何度もあるんです。
実際にぶつかって、ビッグサンダーのゲスコンの人とお互いに「いやー、両方いっぺんに案内できてある意味楽ですよね」と謎に同意しあっていたりして。
接近した二つの列の中間に立って、
「右側はスプラッシュ・マウンテン、左側はビッグサンダー・マウンテンでーす!」って言えば済むという(笑)。
で、お互いに「うちは今90分待ちなんですよ」と言うと、相手は「うちは95分待ちですよ」と情報交換する。
キューエリア内が空くと、カストさんたちが目ざとく見つけてくれて、サッと中に入って行き、ポップコーンなどのゴミが地面に散らばっているのを手早く掃除してくれるんです。
キューエリア内は、ゲストが足で踏み潰したポップコーンがべっとり張り付いてしまい、これがなかなか取れない。ポップコーンの油が接着剤となって地面にこびりついて、ちょっと掃いだだけでは剥がれないんですよ。
この写真も、2名ほどカストさんが中で作業中ですね。
そんな迅速に作業する彼らを僕は、キューエリア調整をしながらさすがだなぁ、といつも感心して見てました。