ディズニールックとツネさん

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ウォルトとミッキー
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キャストには身だしなみのルールがあり、これをディズニールックと呼んでいる。

たとえば髪の色は黒(今は多少は緩和されているかも)と決まっている。ちょっとくらい色を抜いてもいいかな、と染めてきたりするとアウトである。

今どき髪色が黒だけというのも不自然な気がするけど、やはり広い年代層に支持を受けるための施策としては外せないのかな。
僕はどちらかというと守らない方に属していた。
だから守らない・守れない人の気持ちはよく分かっているし、なおも守らなければならない状況も分かっているつもりだ。

最もチェックされるディズニールックは、男性キャストの場合、まず頭髪の長さである。
サイドが耳にかかってはいけない。不自然な長さ。清潔感を損なわない髪型であること。ちなみにスキンヘッドはNG(威圧感ありますからね)。スキンヘッドに近いほど短く刈り込んだ人もいたが、際どいところだ。
他にもひげを生やしてはダメ。眉毛を剃ってはダメ。

女性の場合は、髪型より色で言われることが多い。あと化粧やアクセサリに制限があります。華美な装いはほぼNG。

僕はディズニーキャストになる少し前までは、割と長めに伸ばしていた。でもこれではいかんと、入社日までに一度短く切りに行ってきた。
面接時に渡された資料に、身だしなみについて触れた文面があったからだ。

で、実際に現場でトレーニングを受けている時、横の髪の毛が耳にちょうどかかっているくらいだったのだ。
で、リードに指摘された。
「もっと短くして」

ついこの前行ったばかりなのに、さらに切れって?(正直めんどくさい)

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顛末書を書き、最も怖いSVへ提出した

確かマークトウェイン号のトレーニング2日目が終了した時だったと思う。
僕は初日に遅刻したため、顛末書という書類を書かされた。
(2回目の遅刻の後だったかもしれない)

ちなみに、一般企業では始末書というものが一般的で、オリエンタルランド社にも始末書はあるが、準社員はほとんどそれを書く機会はない(そんな権限を与えられないというのが正確かな)。
それより軽い粗相をやらかした時に、書かされるのが顛末書なのだ。

一枚の用紙にやらかした内容や所感・反省文を書いて、スーパーバイザーに提出するのだ。

僕はマークのリードオフィスで書類を書いて、リードの印鑑を押してもらう。今日のトレーニング終了後に、運営部オフィスにいるSVに提出して、と言われた。

先輩キャストの一人が、こういう書類は優しいSVに渡したほうがいいよ、とさりげなく教えてくれた。○○さんとか△△さんとかがいる時に出しな、と。

優しいSVも何も、誰がSVかもよく知らない状態だ。
こんな時に便利なのが、どこのロケーションのオフィスにも設置された、壁の写真パネルである。

どこのリードオフィスに行っても必ず壁に大型のパネルが飾られており、顔写真が並んでいる。
一番下に、トレーナーの上半身の写真が並ぶ。
その上がリード、その上の段がSVだ。(たしか最上段はウォルトだったような記憶が……)

当時のSVは、私服(スーツ)姿で複数のロケーションを巡回して回る役職であり、時々マークトウェイン号オフィスにも立ち寄ることがあった。
なので、徐々に全員の顔と名前を覚えていく。もちろん、トレーニング中に会った時は、本日トレーニング中の何々さんです、と紹介してくれる。

SVの顔写真は、全部で7名分あった。そのうち2〜3名は顔を合わせていた。

勤務終了後、運営部オフィスに立ち寄る。と言っても場所はロッカーが並んだワードローブビルの2階なので、退勤後に必ず立ち寄るのだ。

そこにはスケジューラーとオフィスの事務員(もちろんキャストである)が座る席があり、それより奥の方にSVの席が並んでいた。

顛末書を携えた僕は、その場にいるSVを探した。
二人いた。一人は見た目が優しそうなSVさん。もう一人は見たことのない人だった。

それがツネさんだ。

ツネさんは身長180センチを超える大柄で、しかも強面な人だった。
いや、当時のSVさんで優しい感じの人は2人だけで、残りはいずれも体格が大きく、空手や柔道の有段者ばかりが揃っていた。ツネさんも確か空手の黒帯所持者であり、格闘技経験者によくあるように、彼もまた片耳の耳たぶが変形していた。

要するにめっちゃ怖い感じの人なのだ(笑)。
顔は今で言うと、自民党の石破さんを若くしたような感じである。あの頃のアドベンチャー/ウエスタンランドエリアで一番怖いSVと言っても過言ではない。先輩キャストたちも口を揃えて、ツネさんは怖いと言っていた(逆の印象を持つ人もいたんだけど)。

その時いた優しそうなSVさんは、ちょうどデスクに向かって書類を読んでいる最中だった。
そのSVさんに声をかけて提出してもよかったが、なぜか僕は、もう一人の方、ツネさんの方へ近づいていった。

こういう時、虎の尾を踏むような行為をするのが僕の悪い癖である(笑)。

つまり物騒な人の方へ、あえて向かっていったのだ。ちょっと興味があったのもある。しかも、先輩キャストからツネさんは怖いよね、と話を聞いていたにもかかわらずである。

「すみません」
と声をかけた僕に、ツネさんは顔を上げ、顛末書を見た。
ツネさんは無言で書面に目を通す。そしてすぐに、

おい、お前!

ドスの利いた低い声で言うなり手を伸ばし、僕の耳の上の髪の毛をグイッとつかみ、思いっきり強く引っ張り上げた!

「何だこれは?」

瞬間、僕の頭は3センチくらい引き上げられる。

「髪が長いぞ。切ってこい!」

険しい顔をしたツネさんが吐き捨てるように言った。

僕は、はい、と言うのが精一杯だった。

は?
この人、一体なんなんだ?

SVって何様なんだ。僕は猛烈に反感を覚えていた。
もちろん、ルールに抵触していた僕が悪いのだが、言い方ってものがあるだろう。

仕方なしに翌々日くらいに床屋へ行き、短くしてきたが。
それにしてもあの態度はなんなんだ。それ以来、SVを見る目が変わっていた。

その後、ツネさんの話題が出るたびに、先輩キャストたちの話を苦々しく聞いていた。
いわく、女の子には優しい……体育会系の人にあるあるだ。

実際に、カントリーベアーシアター裏のブレイクエリアやベアーオフィスに立ち寄った時、ツネさんが女性キャストたちとにこやかに話しているのを目撃したこともある。
何だかしらけてしまった。

そんなツネさんが、実はこの後僕にとって、いくら感謝してもしきれないほどの大恩人となるのだが、それはまた別のエピソードだ。

実はツネさんこそ、僕が十数年もキャストを続けられたきっかけを与えてくれた人なのだ。

ディズニーキャストの身だしなみは、時代を超越できるのか?

そんな厳しい掟だから、リードも当然対策を講じているわけで、髪を切ってこないキャストには、ハサミを出してその場でカットすることもあった。

今から考えるとけっこう乱暴ですね。

のちにスプラッシュでも、髪を茶色に染めた女性キャストが何度言っても言い訳して直さないことがしょっちゅうあった。
「元々地毛の色が薄い」
「美容院に行くお金がなくて」
「海で日焼けして自然と抜けちゃって」などなど。
そんな指示を聞かない子に対しては、出勤してきても勤務できないとみなし、そのまま帰らせる。

でも時期によっては人手不足でぎりぎりの人数しかおらず、一人帰らせるだけでもその日を乗り切れないくらい厳しい、なんて時もある。
その時はもう窮余の策で、リードが白髪染めを用意していて、パークオープン3分前くらいに屋外に出てその子の髪に吹きかけていたりした。

その子は、「次回出勤日までに黒くしてきて」とリードに言われたのに平然と無視して茶色いままで出勤し、それを2回繰り返しても改善せず、次直さなかったら染めるよ、と言われたにもかかわらずまた無視して出勤したので、言い訳のしようもない。

もうすぐゲストが来るのにな〜、と思いながら、僕はスプラッシュの建屋入口前でスプレーを吹きかける光景を眺めていたものだ。

実は、ツネさんの思い出はそんなに多くない。
スプラッシュが始まった翌年のサンクスデー(従業員感謝デー)で、スプラッシュのコスチュームを着てゲスコンしていたツネさんを発見し、みんなでイジったとか、その程度だ。

(スプラッシュマウンテンに異動してから10年近くたって、ツネさんに再会したことがあるんだけど、それは別の話…)

おっと今回はディズニールックの話だった。

ディズニーキャストは、老若男女に好感度の高い外見を求められる。年配のゲストから見て髪を染めたキャストには、声もかけづらいだろう。

モヒカン刈りのキャストがいたら、いくら笑顔で丁寧な接客でも正直怖いと感じるだろう。自分の好きなアクセサリだからといって、けばけばしいデザインのものを身に着けていたら、パークの雰囲気も台無しになる。

ディズニールックはのちに、自分自身の身なりに関する規定と、コスチュームの着方を含めた広義の規範に変化していったように思う。
言葉の定義や解釈は、時代をへて少しずつ変わっていくのが興味深い。

パーク自体が時代に合わせて変化するように、身だしなみの基準もゆっくりと変化していくのでは、と思っているけどね。

コスチュームを着るにしても、ボタンが取れてしまったのにそのまま着ているとか、ボタンをしめないといけないのに開けているとか。アイテムをきちんと着用していないのも含まれる。

ジャケットのボタンが取れてしまったらコスチュームを交換すればいいだけの話だし、遅刻ぎりぎりに出勤したためにシャツのボタンを開けっ放しで走ってきた子には「はいはい、いいから閉めて」と促して終わり。

一時期「腰ばき」が流行した時代がありましたね。
その頃、トレーニング初日にやって来た新人さんが、コスチュームのスラックスを脱げそうなほどずり下げた姿で登場したツワモノがチラホラいました。

僕がトレーニングを担当した子にはいなかったけどね。

キャストにとってディズニールックとは、いわば聖典のような掟なのです。

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あっくんさん

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元TDLにてアトラクションキャスト勤務を経験した十数年間を回想する場。このブログはそんな僕の、やすらぎの郷でございます(笑)。

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