キャストのシフトについてちょっとだけ触れる。
僕ら運営部キャストのシフトはスケジューラーという人たちが決めていた。
各キャストのスケジュールは半月単位で作成し、アトラクションごとに発表される。そして各ロケーション(部署)へ配布され、数枚のA4用紙に印刷されて、発表される。
スケジュール表は従業員番号の古い人から順番に並んでいるので、新人の僕のシフトは一番最後のページから探したほうが早い。
目次
トムソーヤ島いかだからやって来た、Kご君
マークトウェイン号で勤務をしているうちに、徐々にみんなの顔と名前を覚えていったわけだが、その中にKご君がいた。
Kご君は純粋なマークトウェイン号キャストではなく、本来は「トムソーヤ島いかだ」の所属で、一時的にマークに来ていた学生キャストだった。
彼の従業員番号は僕よりちょっと若い。順番に並んでいる同僚の番号を見比べてみると、大体僕よりも3ヶ月くらい早く入社した人であることが分かる。
僕がキャストデビューしてローテーションを回り始めた時、Kご君も何度か同じ日に勤務に入っていた。土日キャストだったが、時々平日のシフトにも入っていたので、週に2回くらいは顔を合わせていた。
「俺、本当はいかだのキャストなんですよ」
操舵室ポジションでの交替のときに、彼が教えてくれた。Kご君はまだ若く、年は21〜22歳くらい。元気でほがらかで、抜けきったような話しっぷりが面白い青年だった。
話しているうちに、彼が勝手に自分の怪我の話をし始めたので、ただ聞いていたのだが、相当大きな怪我だと知り、一気に引きつけられた。
彼は自慢げに自分の指を見せてくれた。彼の左手の親指の爪がえぐれてほぼなくなっており、ちょっとだけ根元から新しい爪が伸び始めていた。
「実はいかだで怪我しちゃって」
と、2ヶ月ほど前の事故について語り出す。
☆
トムソーヤ島いかだの、出勤時間が一番早いキャストのシフトは開園1時間半前の出勤で、立ち上げ作業がある。
僕が「そんなに早く来て何をするんですか」と聞くと、
「いかだの一番キャストは、ゲストじゃなくてキャストを運ぶために早く出勤するんですよ」
トムソーヤ島の中に、キャンティーンという飲食施設があり、食堂部のキャストが開店準備をするために早い時間に島に渡らないといけないため、それに伴い、いかだキャストの出勤時間も早くなるのだ。
ある日、彼はいかだの立ち上げ作業時に、誤っていかだのエンジンの中に手を突っ込んでしまい、ファンベルトに指を持っていかれ、一瞬で親指の爪が剥がれたと、なかなかグロテスクなエピソードを語ってくれた。
「いやーすっげー痛かったですよー」
そりゃそうだろう。傷口を見れば分かるよ。
で、マークに来て怪我の療養をしながら勤務中だった、というわけだ。
☆
実はマークトウェイン号というアトラクションは、カヌーで故障した人がよく療養でやって来る。
カヌーで一生懸命頑張って漕ぐと、たいてい無理をして体を酷使する。
すると疲労骨折や肩の脱臼などを発症するのだ。
性格的に真面目な子ほど一生懸命に漕いでしまい、力を入れ過ぎて故障する傾向にある。
で、漕げなくなると、よくマークに移ってきて勤務を継続する。勤務希望すれば別のアトラクションで働くしかないわけで、最も手近なマークにやって来るというわけだ。
いかだから故障で来るのはレアケースだ。だっていかだのキャストは肉体を酷使するアトラクションではないから(ただし高度な操船技術が必要)。
Kご君は当分マークで勤務することになった、というわけだ。
キャストは複数のコスチュームを持てるのか?
怪我は特殊な状況だが、複数のアトラクションを経験していると重宝されることがある。例えば急に人員が不足したときだ。これは前々回お話しましたね。
急に欠勤者が出て穴が埋まらないとか、何らかのトラブルで人員不足になることはよくある。そんな時、他アトラクションに経験者がいて、当日出勤していれば、そのままコスチュームを着替えればすぐに勤務できるわけだ。
基本的に、キャストは自分が勤務するロケーションのコスチュームを借りている。
もし、複数アトラクション経験者が次の勤務は別の部署だった場合、どうするか。
今借りているコスチュームをいったん返却し、新たに別のコスチュームを借りることになる。
ただし。
当時は二種類のコスチュームを同時に借りておくことが可能だった。
なぜかというと、昨日はカヌー、今日はマークトウェイン号、明日はまたカヌーで勤務する人もいる。
毎日コスチュームを交換するのは正直面倒だ。別アトラクションでの勤務が常態化している人にとっては、非常に面倒だ。
だから、自分のロッカーに二セット分を入れておけるのは、とてもありがたい。
コスチュームの交換はとても面倒だから。
あ、ちなみに肌に直接触れるシャツなどのアイテムは、こまめに取り替える必要がある。でもこれは全アイテムを交換する場合のことですね。
☆
さて、そんなある日。
イシューカウンターの前を通りかかると、Kご君がいた。
彼はなぜかカンカンに怒っていた。
「くっそー、ぶざけやがって!」と興奮している。
どうしたの? と聞くと、
「あったま来た。バカヤローって怒鳴りつけてやったんだ」
(後編につづく)