1992年8月〜9月。
僕が当時のできごとをこまめにメモに書き残していたのは以前にも書いたが、今はすっかり忘れてしまった期間のメモを読み直してみると、記憶がすっぽり抜け落ちていたことが書かれていて、けっこう面白い。
トレーニング期間が過ぎた後は、ゲスト役とキャスト役に分かれて交替しながらポジションの練習を行ったとか。
ゲスト役になると実際にボートに乗り込んで出発する。一周乗って降りるとすぐに乗り場へ戻り、再び乗船。この頃になると内部はほぼ完成していて、ゲストが楽しむ時とほぼ同じ、完全状態になっていた。
途中でシステムダウンし、途中でボートが停止してしまい、館内放送を流され「はい、みんな降りて〜」とリードから言われたこともあったな、と。
ある日は、ゲスト役になって最高で連続7回乗った、と書かれていて、そんなこともあったな、と思い出せて実に興味深い。
この期間だけは、時間に追われることもなく実にのんびりとしていた。
館内にはスプラッシュ専用のBGMが流れていて、乗り場と降り場の中間が空洞になって池が作られている。ここには水がちょろちょろと流れていて、水音も聞こえる。
9月に入ると、プロモーション用の撮影が毎日のように行われていた。
朝の出勤時、オンステージを通ってスプラッシュマウンテンへ向かうと、滝の前で撮影スタッフが準備をしていたり、館内でも出演するモデルさんたちが頻繁に行き来していた。
目次
初めて乗りに来たゲストは、キャストだった
正式なオープンまであと1ヶ月を切った頃。
いよいよスニーク・オープンの日がやってくる。
スニークオープンとは、正式なオープン日より前に、告知せずにアトラクションなどをサービス開始することで、いわば予行練習期間である。ただし、正式ではないので、都合により日中に突然運営終了してしまうこともある。
スニークオープンの日程が発表された。9月11日。
その前に控えているのが、キャストプレビューだ。
キャストプレビューは、キャスト向けの発表会だ。日頃は勤務ばかりのキャストに、特別に利用する機会を設けてくれる。もちろん料金はタダ。
スプラッシュ・マウンテンだけではなく、クリッターカントリーというエリア全体のオープンでもあるので、4日間用意された。
キャスト限定とは言え、一般ゲストを想定した、お客様が乗る通常運営が初めて行われる日だ。
すさまじい喧騒が、乗り場の天井から襲いかかってきた
9月7日。
キャストプレビューは19時30〜22時まで予定されている。その日のパーク閉園時間は19時。閉園後にプレビュー開始だ。
勤務自体は15時過ぎからで、プレビューが始まるまでは、普段どおりのロールプレイング。そして食事休憩を挟んで、ようやく開始だ。
プレビュー開始前に全員が集合し、ブリーフィングを行った。
リードが、今日からが実際の本番だと思ってやってくれ、と告げた。
そしてボートの台数は50台で行きます、と。
時間になると、お客様(キャストたち)はスプラッシュ出口付近のバックステージからオンステージへ続々と入ってきた。その後、関係者の誘導で滝壺前まで案内され、そこからは僕らスプラッシュのキャストが中へ案内する。
プレビューはクリッターカントリー限定の営業なので、行ける場所はここかレストラン「グランマ・サラのキッチン」のみ。
カヌーは夜なので当然運営していない。
ということは、みんながここを目指して来るわけだ。
プレビュー開始は19時30分。
ちょうどその時間、僕は乗り場の、乗船ゲストのバーを下げるポジションで、二人いる内のボート進行方向前側についていた。
初めてだから、最初のゲストが乗り場へ到達するのに何分かかるのか、全く分からない。乗り場ポジションの僕らはそわそわしながら待ち受けた。
3分がたち、5分が過ぎた。まだ来ない。
ひょっとしてゲストが集まっていないのだろうか、と気になる。
7分。乗り場の誰もが待ちくたびれ、緊張感が抜けていく。
10分を過ぎた頃、上の方で何か大きな音が沸き起こった。
騒音のような、何かがぶつかる音のような、明らかな異変が乗り場の天井近くで発生した。
一体、何が起こったんだろう? と思ううちに、鈍い自分はようやく気付く。
ゲストの入場だ!
人が大勢やって来た音だったのだ。唸りを上げるような、爆発するような反響音が、急激に沸き起こった。
スプラッシュは、建物で言うと2.5階くらいの高さの位置から中へ入り、列が徐々に下り坂になって乗り場へ降りていく造りになっている。
だから入場者の列がゆっくりと誘導されて、人々がざわつく喧騒をまとって上から降りてきたのだ。
この騒音は、ゲスト達が期待感を携えてやって来た音だ。
「来たよ!」
乗り場の誰かが言った。みんな上を見上げる。
少なくとも僕は、そのエネルギーの強さに圧倒されていた。
館内のキューエリアを通り、数分間をかけて、乗り場へ先頭が到着する。
最初のゲストの乗船だ。
僕らは初めてのゲストを迎え入れて、ボートを出発させた。
★
驚いたことがもう一つ。
「何名様ですか?」
マニュアル通りに問いかける僕の声が、全く相手に届いていない。
「はい?」と聞き返される始末。
ゲストに問いかける言葉も、周囲がうるさくて相手に聞こえていない。ゲストがいない研修中の静かな館内では普通に聞こえていた会話や水音も、今は完全に消え失せていた。
(人のざわめきによる)騒音がこんなにも大きいなんて!
通常運営時の圧倒的な音圧に負けないように、声を張り上げるしかなかった。
これが、スプラッシュ・マウンテンなのか。
だが僕らは、のんきに圧倒されている場合ではなかったのだ。