最高の大人気リードからの助言、そして僕はトレーナーに選ばれなかった【スプラッシュ・マウンテン013】

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お祭り騒ぎは混乱と共に駆け抜けて行った。

熱狂と混乱と共にオープンしたスプラッシュではあったが、日を重ねるに連れ当初の興奮も収束していった(混雑ぶりはまだまだ収まらなかったが)。
徐々にではあるが、普通の人気アトラクションへと沈静化する気配を見せ、やがて安定期へと移行しようとしていた。

立ち上げのために集結したオープニングリード達は、10月に入り早々に異動が始まっていた。新アトラクションが完成してしまえば用済みとでも言うように、矢継ぎ早にリード達はスプラッシュを去って行ったのだ。

それはキャストも同様だ。
めでたく無事スタートし、度重なるアトラクションのダウンによる混乱、ゲストの怒りや怒鳴り声や罵倒を日常的に浴びつつ日々勤務していた僕らは、半ば慣れっこになっていた。
「こんにちは」の挨拶より「申し訳ございません」の謝り文句の方が多く口から出ているんじゃないかというくらい、来る日も来る日も謝りながら僕らは勤務を続けていたのだ。

きっとそんな謝り倒す日々にうんざりしたせいか、僕らの仲間は一人、また一人と去って行った。最近あの人姿を見せないな……と思ったら退職したよ、となんてことが連続して起きたり。みんな嫌気がさしたんだろうな、と思ったものだ。

厳しい勤務の日々を日々乗り越えていく裏では、リード達の見えない努力があったと思う。自分達が盛り立てていかないと全員の士気が下がる一方だし、だからこそ楽しい話題で楽しませてくれた人もいたのだった。

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歴代リード中最高の人気者リード、マサカズさん

僕が一緒に仕事した歴代スプラッシュのリードたち数十名の中で、最も魅力的かつ人気者だった人は誰かと問われれば、間違いなくマサカズさんと、僕は答えるだろう。

彼のどこが人気だったかと言えば、めちゃめちゃお喋りだったという点だ。

通常、勤務開始前の朝礼や終礼は長くても10分以内に終わらせるものだが、彼は少なくとも15分はノンストップで喋りっぱなし。
早番と遅番の交替は、基本的に15分だけ時間が重なっており、その時間内に業務上のブリーフィングを行いポジション交替を行う。そして早番が上がるわけだが、彼がリードでいるとなかなか帰れない(笑)。おしゃべりが長過ぎるせいだ。
時間をかけると普通はウザがられるものだが、みんなどこかしら彼のトークを楽しんでいた。あー今日はマサカズさんだからすぐ帰れないね、と。
常に職場は盛り上がっていたものだ。

ある日、スプラッシュがダウンしてバタバタしていた時間帯が続き、やがて復旧して、ようやく落ち着いた頃だったろうか。
僕がタワー(オフィスみたいな場所)へ入って行くと、ちょうど入れ違いでSVのT住さんが出て行くところだった。マサカズさんもいた。

T住さんはギロリとマサカズさんを睨みつけ、
「お前、ちゃんとやれよ!」
と捨て台詞を吐いて出ていった。

その場にいたマサカズさんは丁寧にお辞儀をして、はいと答える。入口から姿を消し、階段を上がり、外へ出て行くT住さん。

完全にT住さんが外へ出ていくと、彼が、

「ったく、あいつムカつくよなぁ!」

と軽口を叩いていた。どうやらダウンしていた時の対応で何か言われたらしい。
SVに対して反抗的な物言いをするリードはいなかったので(口に出さないだけだろうが)、なんだか微笑ましく感じられた。
彼の人間らしい一面を見た気がした。

僕は彼に、終礼のブリーフィングの際によくイジられた。20数名のキャストが集合した中で、

「(僕に)お前は今日から風紀委員長な。委員長って呼ぶからな。みんなの風紀を取り締まるんだぞ」
「委員長、どうだった? 今日は風紀の乱れはなかったか?」

なぜか僕はその日から風紀委員長と呼ばれるようになった。このネタはしばらく続き、事あるごとにみんなから委員長と呼ばれたものだ。
マサカズさんにイジられるのは実に楽しい。きっとみんなそう思っていたはずだ。
みんなを楽しませる事に、彼はとても心を砕いていた。

マサカズさんの言葉の真意を、僕はまるで理解していなかった

スプラッシュが始まってしばらくして、アトラクション対抗の草野球試合があり、僕も参加したことがある。ちょっとした練習試合だ。相手は確かジャングルクルーズのチームだった。

終わってから車で移動し、ファミレスで食事することに。
マサカズさんの運転する車に乗せてもらい、その車中で色々話をしてくれた。

「俺さ、会社に来るまでの間、運転しながら色々ネタを仕込んでくるんだよな。今日は何を話そうかって」

あ、そうだったのか。彼の絶品の面白いトークはちゃんとネタを仕込んで来てたんだ。知らなかった。
いつもの彼らしく話題は次から次へと移っていく。この時は仕込んだネタではなく、普段の彼から出たものだ。なぜなら、彼の持病にまで話題は及んだからだ。

そこで自然と仕事の話になり、彼は仕事への向き合い方について話し始めた。

「あのさ、普通に頑張ってもみんな同じだから目立たないだろ。人より評価されるためには、よっぽど頑張んないと評価されないんだよ。そこでどう動くかなんだよな」

急に真面目な話になったので、僕はちょっと面食らった。うーん、なぜ僕にそんな話をしてくれたんだろうか。
赤いレビンのダッシュボードを、僕は助手席でぼんやりと眺める。
そう、まるで理解していなかったのだ……実に間抜けな事に。

その時は、はあ、と僕が生返事をして、終わってしまった。
その後、また同じような場面が訪れた。

スプラッシュがオープンして3ヶ月くらいたった頃だったか。年が明けて1993年の1月くらい。

ある日の勤務中のことだ。
マサカズさんが僕とK谷君をブレイクエリア(休憩所)に呼び出した。いや、呼び出したというより一緒に休憩に行こうと誘われたのだ。

K谷君は、僕がスプラッシュに来てから仲良くなったうちの一人だ。まだ二十歳そこそこの好青年で、新規入社組の一人だった。
彼とはトレーニング終了後の期間からシフトが重なり、休日も近かったので、何かと顔を合わせることが多かった。僕が水木休みで彼は火水休みだったと思う。僕が彼より年上と知ると、
「だと思いました、だって(僕が)落ち着いてますもんね」
と言われたり。
特にライバル的存在というわけでもなかったけど、似通った立場にあったことは事実だ。

世間話から始まって、話題はすぐに変わり、今の時期に僕ら専業キャストがどう動くべきか、何をすればいいのか、という話になっていた。

オープンして年末が近づき、翌年には新規の春キャストを入れる時期がやって来る。当初よりキャストの減るペースが早く、予想外に大人数を採用する必要に迫られていた。足りないのはキャストだけではなく、トレーナーも不足していたのだ。
近々、専業キャスト(週5日勤務)の中から、トレーナーに昇格する者がいるのでは、との噂がどこからともなく流れていた。

マサカズさんは、いかに僕ら専業組の活躍が不可欠になるかを語った。

「お前らがしっかりしないと駄目だぞ」

さらに、
「ただ一生懸命やるだけじゃダメだ、もっと積極的に動かないといけない。普通の努力じゃダメだ。普通以上にやって初めてリードも認めてくれる。ここで頑張って認められればトレーナーへの道もあるからな」

僕らがトレーナーだって? そんな対象に入るんだろうか。スプラッシュには自分よりベテランのキャストがたくさんいるのに、彼らを差し置いて昇格できるのだろうか、と実感が沸かなかった。
だが僕の隣に座っていたK谷くんは、「はい」と真摯に頷いていた。僕は何となく受け流すように、返事をする。

僕は鈍感だった。
いや、興味がなかったのかもしれない。興味がないふりをしたかったと言うのもある。
僕は、自分にはキャストとしての才能はない、と自覚していた。才能のない自分がいくら頑張っても、正統派のトレーナーには敵わない。そう思考をシャットアウトしていた。

K谷くんは、次の日からめざましく積極的な仕事ぶりを見せていた。
僕はと言うと、言われたから変わるなんて不自然だしそれって違くないか?と思っていた。

もちろん自分なりにはやる気を見せていた。ただそれは自然に出てきたやる気であるべき、と言うのが僕の考え。突然人が変わったように不自然に頑張っても続かないし、やがて化けの皮が剥がれるだろう。

今から考えるとただの屁理屈なのだが。
周囲から見ても、僕はそんなに頑張っているようには見えないだろうな、と覚悟していた。でもそれが自分らしいスタイルだし、それで認められないならしょうがないだろうと開き直っていた。

しばらくして、次のスケジュールが発表された。
K谷くんのシフトにトレーニングの文字が印刷されていた。
トレーナー・トレーニングを表す「TR」の文字があった。

K谷くんはトレーナーに選ばれたのだ。

そして、僕は何も変わらなかった。
2月前半の普通の、いつものシフトが並んでいただけだ。

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あっくんさん

あっくんさん

元TDLにてアトラクションキャスト勤務を経験した十数年間を回想する場。このブログはそんな僕の、やすらぎの郷でございます(笑)。

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