いよいよ第2章に入っていきます。
いきなり喧嘩腰のタイトルにしたのは、スプラッシュ・マウンテンでの経験を振り返ると、先輩キャストの存在が大きかった期間が思い出深かったからだ。
それは、学びになった場合と、そうでない場合がある。
目次
ムカついたことはないが、決して立派ではない
キャスト時代、僕が最もムカついていたのは自分自身にであった。
何でこんな簡単なことができないんだろう。なぜ人の言うことを素直に聞かなかったのか。
そもそも自分が使えないことに端を発しているのでしょうがない。これらは昨日より今日の自分が進歩することで、「過去の失敗を取り戻す」ような気持ちで頑張るしかなかったのだ。
そこに焦点を当てていたからか、ワガママなゲストに当たったこともあるが、不思議と苛立ちや怒りの感情は沸き起こらなかった。
と言っても、決して僕が懐の広い性格だったからではなく、粛々と作業をこなすことに集中していただけのことで、そういうゲストの対応もまた想定の範囲内だったからだろう。
アトラクションには様々な業務があって、中には『キツイ』『つらい』『疲れる』ものもあったが、別に嫌とか感じたこともないのが思い出してみると不思議なのだ。
決して立派な奴ではないのだ、僕は(残念だが事実だ)。
もちろん損な役回りのポジションはあった。ここだけやたらと体力を使う、声を出しっぱなし、細かい作業を延々続けないといけない、最もゲストに怒られる立ち位置、など。
しかし自分がやる際に大変だな、とは思いはしても、嫌だなと感じたことがないのはなぜだろう(忘れているだけかな?)。
今振り返ってみると、何とかうまくやってやろう、もっと上手にこなしてやろうと必死になっていただけかも。
それもあって、たとえムカつくことがあったとしても、たいていはすぐにくだらないなと思い、忘れるように努めた。
いや、当時の僕は、ムカつく程度なら大したことじゃないと思っていた。
ゲストから怒られたとか、周囲のキャストから手厳しいことを言われたりなどは、時間が経てばやがて脳裏から抜け落ちてしまうものだ。
代わりに、あの会社の従業員に対する非合理的な理不尽さや、穏やかな言葉に包まれた痛みの少ない棘のような言葉の数々は、重要な示唆を含んでいるのであえて忘れないようにしていた。
「ムカつく」と「怒り」の違いは温度差にある
本当の怒りは、あっさりと忘れるものじゃない。もっと温度の高い、決して消えぬ思いの累積であり絶対的対決である。
赤く燃える炎は、実は温度は大したことがない。せいぜい摂氏1200度くらいだ。バチバチと音も派手だし炎が揺らめいて見た目は派手だが。
もっとはるかに高温の青白い炎は、1万度を超える。静かに、音もなく、ただ青くそこに屹立している。
きついポジションでハマったとか、ゲストに怒られたとか、先輩にあれこれ言われたとか、そんなのは赤い炎に過ぎない。とても、とても低い、見た目は派手だが低温のしょぼい炎だ。
僕がずっと抱き続けていた炎は、そんなものじゃない。もっともっと温度の高い、青白い炎だった。
☆
その、しょぼい炎の一つが、ゲストへ自分の意思をうまく伝えられないもどかしさを感じた時のものだ。
ゲストは、キャストの案内したお願いを100%完全には聞いてくれない。それは彼らがわがままなのではなく、自分の案内、言い方が相手にうまく伝わっていないからだ。
でもこれを、ゲストのマナーが悪いと決めつけていると、何も変わらない。
ほとんどのゲストは楽しむために来園しているのであって、横暴になりたくて来たわけではない。考えてみれば当然のことなのだが、現場ではついつい忘れがちだ。
キャストはほとんどがバイトなので、ぶっちゃけた話、言われた通りにやっていれば問題ない。決められた手順をきちんと守っていれば何も言われないはずだ。
ということは、基礎以上にレベルアップしなくても構わないということだ。別に先輩から褒められなくても、ゲストから喜ばれなくても大丈夫だということ。
よく言われることだが、バイトだから割り切って単純作業に明け暮れていればいいじゃん、という考え方がある。僕はこれを否定しないしそういう人がいてもいいと思っている。オリエンタルランド社だって、バイト以上の待遇は与えませんよ、と雇用契約書に記載して契約を結んでいるので、仕方ない。
現場ではそんなことはおくびにも出さず、頑張りましょう、と言うけどね。
ゲストからすると、機械的に作業されても気づかないだろう。逆にゲストに気づかれるようなやり方は、単純に低スキルなだけだ。
★
チケットをご用意いただく。壁際に沿って並んでいただく。黄色い線の手前でお待ちいただく。通路は立ち止まらないでいただく。手や顔を出さないでいただく。
そう、ディズニーランドはお客様にお願いばかりしているのだ。〜して下さい、〜しないで下さい、〜は◯◯でお願いします。
キャストはお客様に対し、様々なお願いをする。
それらはゲストにとってすぐ理解できる種類のものもあれば、何のためにそうしてもらうか分からないものもある。
しかもほとんどの場合、お願いする理由を説明する時間的余裕は、ない。
だから、分かりやすく伝えるしかない。
ところが、自分ではちゃんと説明したと思っていても、ゲストはなかなか自分の思い通りには動いてくれないものだ。
うまく動いてくれない時は、案内の仕方を考え直した方がいい。それは言い方が伝わっていないからかもしれない。
そしてもう一つのしょぼい炎が、他のキャストとの関係性だ。はっきり言えば人間関係だ。
え、しょぼくない?
仕事の上でこれを非常に重視する方は多いだろう。しかし僕は人間関係の悩みをあまり気に留めなかった。
気にしないようにしていた、と言ってもいい。
いわゆるオレ流というやつで、自分さえよければ他はどうでもいいという人種なのである。
かなり最低な奴じゃないか、僕は(笑)。
発言と行動が伴わない先輩トレーナーの出現
そんなオレ流の僕にとって許せない存在が、一部の先輩トレーナーだ。
スプラッシュがオープンして数カ月間の間に、どんどん人が入れ替わっていき、社員は宿命とも言える異動ラッシュが始まっていた。
リードたちはあっという間に半分くらいが去っていったし、それに伴い社員のトレーナーたちはリードに昇格。
異動してやってきた準社員トレーナーたちは、元々キャストとしてスプラッシュにやってきたが、順当にトレーナーになっていった。
あらためて説明すると、リードは責任者だ。正式にはワーキングリードと言い、省略してリードと呼んでいた。これはアメリカのパークでも同じ呼び名で、英語版のオリジナルのマニュアル(当時はSOP)にもその名称が記載されている。
一日に2〜3名がシフト制で勤務している。
トレーナーは基本、教育係だ。普段の勤務は一般キャストと同じ、ポジションに入ったり、「外浮き」と呼ばれる、ポジションから抜けて自由に動ける位置にいる。イレギュラー対応全般を担当し、屋外のゲスコンと呼ばれるポジションの子たちへ指示を出して列の調整をしている。
そして新人が入ってくる時だけ、マンツーマンでトレーニングを行う。
最初の頃に優秀なトレーナーや先輩を見てしまうと、それ以外の人が相対的に見劣りしてしまうのは仕方がない。
以前紹介したタカオさんを始めとして、偉大な人と比べてしまうのは可愛そうだが、正直言って適性があるのか微妙な人がちらほらいたのは事実だ。
それは僕にとって、失望の対象だった。
人に教える立場のあなたが、そんな適当な仕事してていいの?と言いたくなるような。
このアトラクションをつまらなくしているのは、あんただ。
そう言ってやりたかった。
(ずっと後でそれを自分自身に問いかけてみると、心当たりがあり過ぎて驚くことになるが、それは後に機会を譲る)
その人は決して悪い人ではない。ただ、勤務中の態度が一般キャストかそれ以下だということなのだ。
★
さあ、どうするか。
ここからは、あなたにも考えてほしい。
圧倒的に立場が上の人であっても、自分の正義を貫いて指摘してやればいい?
いや、駄目だ。それじゃ、相手は聞かないよ。
自分が上の立場に立てば分かる。
何言ってんの? 全然経験の少ないお前が言っても説得力ないよ。
で、話は終わりだ。
一泡吹いてもらいましょう、自分が先輩になった時に。
自分がどんなに正論を言っても、正しいことを告げても、きっと先輩はあなたの言葉を重く受け止めはしないだろう。
ただ反射的にやり返してもほぼ意味がない。
たかが後輩が、いかに正当な理由で反撃したとしても、先輩の立場からするとそれは正当ではない(ハラスメント系を除く)。
なので、やるだけ無駄だ。
ただし、それで終わったら何も変わらない。
ひょっとすると、若輩のあなたの方が正しい可能性も、わずかながらある。
それを確かめる方法が、1つだけある。
あなたが先輩になるまで待つことだ。
その組織の中で自分の立場を育て、作り上げ、ひとかどの人物になればいい。すると、自然とあなたに評価が集まってくる。
その評価こそが、あなたに発言権を与えるのだ。
気がつくと、何人もがあなたの言葉に耳を傾けることだろう。
ただし、時間がかかる。場合によっては、何年もかかる。それまであなたは待てるだろうか。
我慢して続けることができるだろうか。
してほしい。なぜなら、あなたの正当性を育てて増やす数少ない方法の一つだからだ。
その長い期間の中で、ときおり自分の誤っている箇所が見つかるので、それを少しずつ修正していってほしい。
修正が継続できればあなたはどんどん完成度を高めていける。
自身の誤っていた部分を修正するたびに、さらに周りからの信頼が集まってくる。それを待つのだ。
それでは遅い?
3日で解決する策は3日で効果が消える。10年効果を持続させたかったら10年かけて解決させるしかない。
実はそれが、僕のやってきたことだ。
時間をかけずに解決策を出すのが優秀な人のやり方。
しかし僕らのほとんどが優秀ではない。僕もそうだ。標準的な能力しかないなら、時間をかけるしかないのだ。
何らかの形で直接、先輩に一泡吹かせても、意味がない。
なぜならその先輩は、昔から職場に存在するルールに則って行動・発言しているだけなので、先輩に歯向かうことは、組織内の常識に歯向かっているのと同じなのだ。
常識に反抗するということは、ただの反逆者でしかない。
だから、もし現体制に不満があるなら、自分が組織の中核的位置に遷移してからでないとできないし、聞いてもらえない。
ただし、歯向かうまでいかなくても、訴えることはできる。
といってもただ訴えるだけではダメだ。自分の意見をただ伝えるだけでは、一人の意見が出ました、というだけでしかない。
親身になってくれる先輩がいれば、動いてくれるかもしれない。しかしそれも結局は一つの意見を拾い上げたに過ぎず、全員が真剣に耳を傾ける筋合いのものではない。
ではどうするか。
先輩の信頼を勝ち得てから、自分の意見を述べるのだ。ある程度実績を上げてからでないと、真剣に検討してもらえない。それは自分の信頼度が低いためだ。
信頼度のない若手の意見など、ただのわがままに過ぎない。
内容によるって? いや、内容すら検討する価値がないということなのだ、若手の意見は。
どんな組織も、ベテランの意見は重い(=正しいとは限らない)。
対して若手の意見は残酷なくらい軽い(=誤りとは限らない)。
自分の意見に重みをつけるのは経験であり実績だ。
石の上にも三年、という言葉がある。あれは下積みが大切という意味以外に、経験が自分の立場を作る、という要素も内在している。
★
さて、なぜあなたは先輩にムカつくのか。
これは重要な質問だ。ムカつく原因が自分にあるのか、先輩にあるのかを見分ける必要がある。そしてこの時点でのあなたの判断力は、悲しいほど貧相であり、精度が低い。
残念だが、自分自身について客観的に評価するなど不可能なほどに、低レベルだ。
それを、やがて僕は思い知ることになる。