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初めて勤務したアトラクションが、キャストとしての気質を決める
蒸気船マークトウェイン号は大きな船だ。
乗り物であり、そしてゲストと一緒に乗って船旅を楽しむアトラクションである。
しかし、感覚的には、一種のシアター型アトラクションとも共通する部分がある。
シアター型アトラクションとは、劇場型の、椅子に腰かけて利用するアトラクションのことだ。
アドベンチャーランドなら魅惑のチキルーム、ウエスタンランドならカントリーベア・シアター、など。
蒸気船内に椅子はあるものの、基本立ったまま利用するのでシアターではないし、乗り物に乗って動いているけど、景色を見ながら楽しむ、という点からすると、ある意味シアターじゃないかなと感じることがあった。
時々、シアター型アトラクションから異動してスプラッシュにやって来る人がいた。
シアター出身のキャストは、基本的に動きがおっとりしている。
本人の性格もあるだろうが、アトラクションの特性は、その人のキャストとしてのスタイルを決定づける要素になる。
ジェットコースター出身のキャストは、常にせかせかしている。動きもスピールも、その対応の何もかもがせわしない。それはアトラクションの特徴によるものだ。
それらのアトラクションは秒刻みで動いているので、無駄な動きが許されない。だから、必要なことだけを簡潔に済ませるスタイルのキャストになる。
逆に、シアター型アトラクション出身のキャストは、余裕のある時間内に、ゲストと触れ合う時間が割とあるためか、のんびりおっとりしたスタイルのキャストになる。
初めて入ったアトラクションの特性が、その人のキャストとしてのスタイルを決定づけてしまうのだ。
一度スタイルが固まると、完全に切り替えるのに何年も要するくらい、深く根付いてしまう。
刷り込み効果ではないが、最初に育った場所の色が染み付いてしまう。初めて体験したアトラクションを基礎として価値観が身につくからだろう。
僕はマークトウェイン号出身ではあるが、何となく自分はシアター型アトラクションのスタイルに近いな、と感じたことが多々ある。
あの大きな蒸気船は、動く劇場のようなものだ。
★
当時の僕は、大人気(という表現はあまり好きじゃない。待ち時間の多い)アトラクションに適したスピールがどんなものか、全然知らなかった。
どうやら僕は、マークトウェイン号の価値観に染まった状態でスプラッシュへやってきたらしい。
そのことに気づいたのはかなり後のことだった。
多忙さとヒマさの違いがスピールのスタイルを生むのかもしれない
マークトウェイン号の乗り場からパークを眺めていると、色々と気づくことがある。
まず、アトラクションには人気があるものとないものに分類できる。
(この考え方はのちに修正するんだけど、この当時はそう思っていた)
蒸気船は、余った時間で乗るアトラクションだ。
人気はあまり、ない。
TDL開園当時のマークトウェイン号を知る人から聞くと、最初の頃は蒸気船だって2時間待ちだったんだよ、とのことだが、僕はそんな昔の時代は知らない。
最大で45分待ちは見たことがあるけど、それっきりだ。
対して、ジェットコースター型アトラクションはどんどん人がやってくる。もう、対応しきれないほど人が集まってくる。
同時に二人のゲストから話しかけられるのなんて当たり前。自分の作業をしなきゃならない時に別の対応が発生したとか(しかも代わりのキャストなどいない)、てんてこ舞いな状況の時に限って迷子が出現するとか。
マークトウェイン号にいた時は、迷子が現れたらちょっと遊べるのに、とか考えてしまう。むしろ迷子を大歓迎しちゃうくらいだ。と言っても蒸気船の仕事がやることが少ないというわけでもない。
ちなみに、アトラクションが違っても時給は同じ。僕がいた時代は少なくともそうだった。
マウンテン系は、圧倒的に作業量が多い。
じゃあシアター型アトラクションが比較的作業量が少ないから仕事は楽かというと、また別の問題があって。
楽だからやりやすい、とも言い切れない。
忙しいのに慣れてしまうと、「ヒマ」な状態が耐えられなくなる。典型的な貧乏性ですかね。
マークトウェイン号の話の中でも触れていましたが、僕は暇なのに耐えられなくて異動を希望したのだ。
だから、忙しいのが辛いとかイヤだなんて、口が裂けても言うわけには行かない。
正直、そう思ったことは一度もない。
(忙しすぎて)どうにもならない状態になった際にめっちゃくちゃ困ったな〜、と思ったことならしょっちゅうあったけど。
極度に忙しい状態の中で行うスピールは、そのアトラクションの特性に最適化される。言葉を刻み、同じ単語を繰り返し。
何度も何度も、次々とやって来るゲストへ告知する。
そのスタイルは、マウンテン系とシアターでは、基本は同じでも全然違う。
言い方一つでゲストに瞬時に理解させたり、逆に怒りを生じさせてしまうことだってある。
僕は比較的のんびりしたアトラクションからスプラッシュ・マウンテンへやって来た。ジェットコースター型アトラクションの流儀を知らずに、そこに飛び込んでいった。
そこには、全く違う速さの時間が流れていて、僕が携えてきた価値観とはかなり異質な世界だったのだ。
さらなる効率向上の至上命令を、僕らは苦心惨憺クリアしていった
ある日、僕がタワーに入っていった時のこと。
リードたちがうーん、と唸っている。
この日勤務のリードが二人か三人集まり、話しあっている。
タワーとはポジションの一つで、いわばアトラクションの管制を行う場所だ。ジェットコースター型アトラクションには必ず存在する。
スプラッシュのタワーは、乗り場の少し上に位置している狭い部屋だ。
アトラクション内に設置された監視カメラで撮影する映像を、ずらりと並んだモニタに映している。水路を流れるボートを常時監視して、安全確保を行うポジションだ。
モニタの前の椅子に腰掛けながら、ぼんやりと僕は聞いていた。
「なかなか数字が上がらないなぁ」
「まだまだ上を目指さないと!」
何のことかは分かっている。
乗船効率が低いのだ。
本来スプラッシュ・マウンテンは、一時間に2000名は乗せられるスペックを備えている。ところが現状では、1700〜1800名しか乗せられていなかった。
これはかなり低い成績だ。
理由は明白。僕らの乗船作業が遅いからだ。
僕らオープニングキャストは日々スプラッシュを運営する上で、少しずつ自分たちのスキルを向上させていったが、まだまだその実力は未完成とみなされていた。
もっと速く。
もっと速くゲストを乗せろ。
毎日毎日、より上を目指していった。工夫に工夫を重ね、さらに上へ。
僕も他のみんなもそうだが、どうやればもっとスピードが出るのか、いつも考えていた。
乗り場にいる時は、逐一ゲストの動きを観察する。
後ろから、次々と流れてくるボートを眺め、ゲストへ案内し、乗船させて、バーを下げて。
この一連の動きのどこに、改善の余地があるだろうか。勤務中は常に、いかにスピーディにボートを動かせるかを試行錯誤していた。
ボートの乗船は、ゲストの動きにかかっている。
いくらキャストが焦っても、ゲストが動いてくれなければ意味がない。
では、ゲストにてきぱきと行動してもらうには、どうすればいいだろう。
答えはあっさりと出た。
スピールだ。