(前回のつづき)
またまた長くなっちゃった。
前回はこちら。
目次
やがて自分が外浮きキャストを選ぶ側になってしまう、皮肉な未来がやって来る
この時代、スプラッシュ・マウンテンの一日の勤務人数は、早番・遅番出勤がそれぞれ20名少々と、中番(ランチ回し要員)が4名で構成されていた。
外浮きは通常早番遅番で各3名程度、配置される。平日などの閑散日は1〜2名の日もある。
確率で言うと7〜8回に1回は外で浮ける計算になるが、リードが指名するのは大体信頼のおける人であり、それはほぼ決まった顔ぶれだった。
僕が指名されるのは月に1回もない。最初の半年は、まぐれでごくたまーに出番が回ってくる程度。1回か2回だったと思う。
僕と同じくマークトウェイン号からスプラッシュへ異動して来たナベさん(♂)も、外浮きをやらせてもらえなかったのを不満に思っていた。
「選んでくれないなら立候補してみるか」
と、休憩中にリードに頼んでいた。
僕もやらせて下さいと立候補してみた。
後日、外浮きにしてくれたが、たった一度でおしまい。要するに、僕は意図的に選ばれていなかったことを意味する。
また、リードによって浮かせてくれる人としてくれない人がいた。このリードは僕を選んでくれるけど、他の人は全く選んでくれない。特定のリードはあの人をよく選ぶ。別のリードは〇〇さんを「浮かせる」。選ばれる人は、そのリードに気に入られているということなのだろう。
前回も書いたが、僕はリードに気に入られるという考え方に馴染めず、評価されることを諦め、否定し、むしろ拒否してすらいた。
上司に気に入られる努力より大事なことがあるはずだ。かと言って、別に「ゲストのため」なんて美辞麗句を言いたいわけじゃない。もっと、この仕事に対する真摯な向き合い方があるんじゃないか?と。
しかし経験しなければ経験値も増えない。たまに任されても、慣れていないと機敏に動けないし、活躍すらできない。一体どうすりゃ経験値を増やせるんだ?
悪循環だ。
僕は焦りを覚えていた。このままだと僕は、いつまでも成長できないのではないか。そして一番の問題は、普通のキャストという立場に甘えてしまうことだ。与えられるまま指示通りに動くだけ。
いっそ割り切って仕事をこなすのも悪くない。だがそうなったら。日々のローテーションをこなす要員の一人にしか過ぎない。
同時に、成長なんて必要か?とも考える。
どうせただのバイトじゃんか。結局は、アトラクションの機械装置の一部になって動かしているだけ。秒刻みで正確に動く装置の部品の一つになっただけのこと。そう。
そう、なのか?
★
時代は過ぎていき。
後年、逆に自分がローテーションを組む側になる機会が訪れた。
自分が選ばれる側ではなく、選ぶ側になってしまった。
その時、僕が判断する基準が、外浮きに選ばれる条件だ。
ゲスコン(ゲストコントロール)の本質が要求されるシチュエーションで、いかに上手に立ち回れるかが問われる。スプラッシュの屋外部分を任されて、リードの代行者として列を調整し、入場コントロールを行い、乗り場へゲストを導く重要な役割。
昔のリードは、外浮きをどうやって決めていたのか。
本当に自分のお気に入りの人を選んでいただけなのか。
この時は分からなかった、選ぶ側がどう考えていたかを。
★
ではずっと後になって、僕はどう考えたか。
当時分からなかったことは、未来の自分に訊け。
〜余談1〜外浮きメンバーの選別の鍵は、中堅クラスの子の実力にかかっている
2000年代に入ってから、スプラッシュにはユーティリティというポジションができた。従来のリードがスーパーバイザー職に移行し、リード業務から半分外れた業務形態になった。代わりにアトラクション責任者の業務の一部をトレーナーがカバーしなければならなくなり、それをユーティリティと呼んでいた。
早番に一人、遅番に一人。
ユーティリティポジションは外浮きも兼任する。
通常は屋外にいてゲスコンのまとめ役をする。時々中に戻り、雑務を行ったり館内の乗り場や降り場の様子を見たりする。
必然的に、僕もその業務を任されるようになった。
ある日。
そろそろ午前も終わる頃。
その日は早番ユーティリティ勤務で、僕はタワー(アトラクションの監視ポジション)のデスクについていた。外の様子も一段落しゲストの入場も落ち着いて来ていた時間帯だ。
遅番が出勤してくるまでの時間にやらなければならない仕事の一つに、ローテーションの作成があった。本日遅番で出勤するメンバーの配置を決めるのだ。今日はまだ欠勤の連絡もなく、これなら外浮きを3人確保できる。
ローテーションは屋外の外浮きを誰にするか、また館内のポジションを回る人をどう配置するかを決める。
各々どのくらいのスキルを持っているか、誰と誰を同じ休憩に当てるか、そして各キャストの相性はどうか(仲が悪い子同士が接近し過ぎないか、逆に仲良し同士が近過ぎないか)などを考えないといけない。しかし考え過ぎてもいけない。どう配置しても当たる時は当たる。配慮し過ぎても避けることはできないからだ。
中のポジションはさておいて、外浮きをどう組むかは悩みの種だ。大げさに言うなら、その日のアトラクションの入場時のクオリティがここで決まる。
順当な配置は、まず1人目がトレーナーでほぼ固定。その日の遅番のユーティリティはT恵だ。彼女で決まり。
たまにユーティリティのトレーナーがローテーションに入る場合もあるので、その際はリーダー的存在の子を選ぶ。リーダーとして他の子達を適切に配置したり動かしたり教えたり、ができる人だ。
2人目がトレーナー以外の中堅キャストで、そろそろリーダー的存在になって欲しい子。
3人目が、まだ未経験かほとんどやったことのない子。
この3名がバランスよく選べると、ベストな配置になる。
あまり強力なメンバーで組んでも全体のスキルアップにつながらないし、未経験の子を2人入れるとリーダーの負担が大き過ぎてうまく動けない。
もちろんその日のパークの混雑状況によって、考えて配置しないと後が大変だ。
最も学びにつながる混雑度は、やや混雑〜わりと混雑しているくらいの、入場者数で言うと5万人台くらいの日である。ランドで5万人が入園している状態とは、パーク内のどこにいても人が多いな、と感じる程度の混み具合だ。
★
率直に、今日は混んでるな、と感じる。
この日のパーク予想は5万5千人。かなり混んでいる。歯応えのある混雑度だ。
ユーティリティはT恵がやるとして、残りの2名を誰にするか。
今日のメンバーをざっと見る。
先に決めるのは、ビギナー枠だ。ほぼ未経験か、それに近い子を入れる。
候補は、1人、2人、3人……
結構いる。配置決めが楽な日だ。あの子は昨日やったばかりだから今日は外そう。この子は最近やってないかな。過去のローテーションシートのファイルを開いて見返してみる。最近一ヶ月以内に名前がない。いや、外浮きをやっているところを見たことがない。ひょっとして未経験かもしれない。
よし、3人目のビギナー枠は彼女、Eちゃんに決まり。
問題は2人目の、中堅クラス枠だ。実はここが最も人選に神経を使う。
今日の顔ぶれを見てみる。候補は何人かいる。
A君はけっこう外に出しているので中堅の中でも割と高スキルキャストだ。今日は出番はなし。B子はまだ浮かせるのは心配だ。残りの2人についていく力はまだない。無理にやらせると固まってしまうかもしれない。まあ今後、数ヶ月以内の比較的空いている日に出番をあげよう。
C美は……最近、外浮きに拒絶反応を示していた。しばらくやりたくないと言っていたのを思い出す。今日くらいの混みようで外に出たら、きっとモチベを保てない。今回はお休みかな。
この日は割と混雑が見込まれる日だったが、予想を混む方へ外すととんでもないことになりそうだ。本日の入場者予想の55(5万5000人)を超えたら?危険かもしれない。
この3人で今日の閉園までを乗り切れるか。早番の外浮きはガチガチの強力なメンツで固めていたので心配いらなかったが、問題は遅番。夕方から夜の時間帯だ。
迷ったあげく、ちょっと心配になるくらいの3人で行くことにした。
いつもスキルの高いキャストだけで固めれば心配はいらない。だが、それでは後輩が育たず、のちのち自分達の首を絞めることになる。
チャンスがある限り、みんなに出場の機会をあげたい。
たとえ普段、「私、外浮き苦手なんですよねー」と口にしていたとしても。
キャストは化ける。
そう、機会さえあれば化けるのだ。思ってもみなかった子が、驚くべき成長を遂げることがある。
強い、高スキルのメンバーで行けば手堅いのは分かっている。でも日々楽な方へ逃げて、肝心な混雑日の出勤メンバーが未熟な子しかいなかったら、目も当てられない。
だからこそ、普段から後輩は育てておかないといけないのだ。
★
今日の遅番は、中堅キャスト・トモミの強化日にしよう。
トモミは元々学生で土日キャストとして入ってきたが、卒業後に専業になった子だ。キャストの面白さにハマってしまい、卒業後もそのまま続けるキャストは珍しくない。
新人ではないが完璧とも言えない、中途半端な立ち位置にある子だった。
お気楽に見えるけど彼女なりに頑張っている。彼女は機会をもらえないことで若干評価が低いように思えた。
やらせれば一通りできるけど、でも目立たない。そんなに自己主張するタイプではないので仕方ない。
本日の課題は、彼女が3人目枠のビギナーのEちゃんとどうやって協力しながら動いていくかだ。でも僕らトレーナーから指示を受けて動くだけなら余裕でできるはずだ。
しかし、指示を出せない状況になった時は、自分で考えて動いてくれないと困る。暇な時なら問題はないが、この日のような混雑日に指示待ち状態は通用しないのだ。
★
ぞろぞろと集団で出勤してきた遅番の子たちは、まず自分がどこのポジションから始まるか、同じ休憩は誰かを確認する。
彼らは、僕が決めたローテーションを食い入るようにチェックする。
「えー、今日私ですか!」
用紙を確認したトモミはびっくり。
「そう、よろしくね」
僕は彼女に言った。
「あ、はい!頑張ります!」
「今日はEちゃんが一緒だから」
と、僕は彼女の反応を見る。
トモミはまだ、今日の自分の立ち位置を把握できていないはずだ。
彼女はEちゃんに、
「一緒に頑張ろうね!」と声をかける。
「私が外、ですか……?」
一番意外に思っていたのはEちゃんかもしれない。
「外は何回目?」
「……やったことないです」
来た(笑)。これはヤバい。
正真正銘、実にヤバい。
「大丈夫!」
僕は遅番のユーティリティトレーナーのT恵にも頼み込む。
「という訳でEちゃんを入れてみた。ちょっとチャレンジしてみた」
「りょーかいですぅ!」
T恵もちょっと驚いていたようだ。本当にこの3人で行くの?と若干不安もあるようだけど、すぐ覚悟を決めてくれたようだ。
(半ば強引に押し通したとも言うが)
さて、どうなることか。
★
日中、スプラッシュの運営は順調で特に問題なし。安定した状態で定常的に忙しい。初めての外浮きに、Eちゃんは完全に浮足立っている。
そんな彼女に、丁寧に説明をするトモミ。その時々で自分が何をすればよいか、最初は分からないものだ。でも基本は普通のゲスコンと同じ、慌てる必要は全くない。全体の状況を把握して最適な行動が取れればいい。そこをアドバイスして動けるようにしてあげる。最初はそれでいい。
トモミ自身の課題は、実はより深い。リーダー役のT恵からの指示と、下のEちゃんとの間に挟まれている。自分の判断を優先するか、それとも上からの指示に従いつつT恵に委ねてしまうか。
これは見ものだな。実は、僕はこの状況をとても面白がっている。
〜余談2〜パレードの前後は、すっからかんとごった返しが畳みかけてくる
この日、午後の時間帯は待ち時間120〜140分の間を行ったり来たりしており、活況を呈していた。
ゲストは後から後からやって来てはファストパスを発券し去っていく。一方、入口付近は人の密集がひどく混雑を極めている。ファストパスエントランスの前はごった返し、滝つぼの前はただ通行するのすら難しい。
トモミは明らかに浮き足立っていた。ユーティリティのT恵は発券所付近に張り付いて混雑解消に努めてたり、あちらこちらへ動き回る。
もちろん僕も残業して参戦。ランチ後に外に出て周囲を見渡し様子を見る。
14時台。
一見落ち着いているかのように見えるが、この後控えているパレードの入れ込みに備えなければならない。パレード開始直前に向かってどんどん待ち時間は引いていき列は短くなるからだ。
スタンバイは100分を切り、95……90……85……どんどん引いていく。
そのつど、こまめに待ち時間表示を切り替える。
パレード終了後に、ゲストは一気に押し寄せて来て列は再び伸び始める。人が急激に増えればやることも比例して増える。
問題は、ゲストが一気に増えることだ。ゆっくり増えればさほど問題ではない。それに合わせて人を増やしたり準備をすればいい。だが一気に来られると対応が追いつかない。
この増減を乗り切るのが、この日の最初のハードルと言える。
トモミ自身の課題は、自分がどこにいればいいか、よく分かっていないことではないか。僕やT恵はユーティリティとして、空いている隙間に駆けつけて対応する行動習性が身についている。
しかし彼女はまだ会得できていない。
何となくゲスコンキャストの間に立ってやるべきことを探している様子だ。
この状況ではどこにいても忙しいのでやることはたくさんある。ローテーションのキャストのヘルプに入れば、何をやっていても助かる。
パレード開始まであと30分。
みるみるゲストの数は減っていった。顕著なのがスタンバイの列で、キューエリアの最後尾は次第に短くなる。列が減ったら仮設キューエリアは撤去するのが原則だ。しかしパレード後にまた列が伸びることが予想されるので、今は撤去はせずに残す。
ただし、ロープが張られたままのキューエリアは、通行ゲストにとっては危険な状態だ。通行の邪魔になるし、気づかず接触すれば怪我の元になる。そのため残す際は、モニタ要員をつける必要がある。
すると、そこで少なくとも1人以上が張り付かないといけない。とりあえずこの場のモニタはEちゃんに任せよう。T恵も賛成する。
パレード開始時刻になった。
ファストパスゲストも来なくなりスタンバイエントランスは閑散としている。
待ち時間は70分から65分へ。さらに減らして60分。
発券所も人がまばらで列も消えた。ただし発券所前の坂道を下るとすぐそこにパレードルートがあり、横断用通路を渡り、坂を上がってくる人が絶えずやってくる。
ぐんぐん列が減り外のキューエリアの調整が必要なので、ほぼトモミに任せることにした。スタンバイと中の様子を見るのが彼女の役目だ。
彼女はキビキビと動いてくれる。
ファストパスの通路を見に行き、最後尾が伸びていないか確認する。油断すると列が伸びて待ち時間が発生する。ステーション(乗り場&降り場)でトラブルが発生してボートが止まると、あっという間に列が伸び始めるからだ。
トモミが中を見に行っている間に、僕とT恵はちょっと作戦会議する。
「今日の入れ込みは(トモミに)任せちゃおうか」
「やらせてみます?」
「大丈夫でしょ」
根拠はないが、やってもらう。
「やってもらう」とは、パレード後にゲストが一気に押し寄せた時の、各キャストへの指示を任せようという意味だ。その中には、僕やT恵にも指示を出してもらうという意味で、彼女の判断と依頼で僕らも動く。それができたら理想的だ。
ただその場の状況にもよるので、突発的にイレギュラー対応が起きた際はその限りではない(ほとんどの場合こういう試みは途中でうやむやになる)。
表向きは彼女が考えるように動く形にする。
T恵が中へ向かい、今日のパレード直後の作戦を彼女に伝えにいった。
30分弱のパレードが終了。
パレードルートから大勢の人が流れ込んで来た。ルートから最も近い発券所に、まずは人が集まってくる。
次に入口、スタンバイエントランスが集中する。さっきまでガラガラだった入口にゲストが滞留し始める。一斉にやってきた人達へ案内がてら、お子様のチェック。身長確認が立て続けに行われその度に入場を止める。
そしてファストパスエントランスにやってくるゲストが、塊になって押し寄せる。
発券所/スタンバイエントランス/ファストパスエントランスと、3ヶ所ほぼ同時に人が集中するわけで、それなら3人でそれぞれ分かれて対応すればちょうどいいのでは、と考える。
しかし、そううまくいかないのがパレード直後の混雑なのだ。
その時僕は発券所で待機していた。T恵は入口付近〜伸びた列の最後尾でスタンバイの列を担当する。
そしてトモミは……ファストパスエントランスとその周辺に配置。
その言葉通りに、彼女は少し奥まった入口の近くで待機していた。
僕のいた発券所からは、入口は見えない。少し移動すれば様子を眺めることはできるが、その余裕すらなくなり、ファストパスを取りに来たゲストの対応に追われる。
つまり、僕は入口に関しては一切見ることができず、誰かに任せるしかない。T恵は伸びるスタンバイの列を調整するためにどんどん本来の入口から遠ざかっていく。坂を下り死角に入り、やはり滝つぼ前の状況は分からないだろう。無線機で様子を尋ねることはできるが、入口にいたら返事を返す暇すらなくなるくらい多忙になるだろう。その時、トモミはきちんと動いてくれるか?
つまり、ファストパスエントランスは彼女に任せるしかない状況になっていた。
何か起こった時は最悪、自分が発券所を離れて入口に向かえばいいか、と考えていた。またはスタンバイの列が中へ吸収されればT恵が戻ってこられる。何も起きなければスムーズに終了するだろう。
発券所前で見ていると、ゲストがどんどん坂を上ってきて目の前を通過していった。
予想以上に人が集まってきている。
発券所はごった返し始めていた。たちまち発券機の前に列ができるので、並んだゲストへ案内及び整列のためのスピールを始める。
本来なら、スタンバイ入口付近にユーティリティが構えていた方が効率的だ。いつもの自分なら、ほぼ間違いなく入口の付近に立つのだが……
今日は我慢だ。
今日の主役はトモミだから。
まあ最悪、全ての動きが遅かったとしても、列が伸び過ぎて周囲が混乱するだけのことだ。見栄えが悪くなるくらいかな。
(SVから、ちょっとダセェぞ、とケチをつけられる程度で済むはずだ)
その時、無線でトモミの声が流れた。
「ファストパス(エントランス)を離れまーす」
少し置いて再び、
「中に行ってきまーす」
中、とはおそらくファストパスの列の状況を見に行く、という意味だろう。しかし今ゲストが大勢押し寄せている状況で見に行くのは、あまり感心できない。というかこのタイミングで入口を離れるのはあまりいい手とは言えない。
何がが起こったようだ。
……。
しかも気になることが。
待ち時間の増加スピードが遅い。
このくらいのゲスト量ならもっと早く上昇させてもいい。スタンバイの入場ゲストがこのくらい押し寄せたら、とっくに70分は超えていておかしくない。いや80分超えでもいいくらいだ。発券所のタイムボードはまだ60分表示。待ち時間変更の指示が来ないのでそのままだ。
目分量で増やすか?
待ち時間の判断と変更は、館内〜入口付近の担当であるトモミが担当だ。列が伸びたらそれに合わせて増やさないとミス・インフォメーション(誤案内)になる。
待つべきか。それとも……。
やはりトモミに全てを任せるのは無理だったか? ためらう僕は、少しだけ待ち時間を増やす。
スタンバイ最後尾を探す。発券所からは見えない位置、植栽の向こう側に伸びている。おそらく最後尾のT恵は待ち時間を上乗せして告知しているだろうから、そっちの心配はいらない。
入口方面へ、ヘルプに向かうべきか?
今なら少しくらい発券所を離れても平気だろう。少し歩きかけて、あることに気づいた。
待ち時間を変更できるキャストがいない。
いま発券所にいる子は、発券所のスタンバイ待ち時間の変更ができないのだ(発券所の待ち時間表示は遠隔操作ができない)。
僕がここに残って変更作業をしなければ、他にできる人がいない。
まずい、ハマった……!
本来なら、ゲスト増加に合わせてスムーズに待ち時間を上げていくべきだが、そうも言ってられない事態になった。一気に30分くらい上げないと間に合わない。
しかもその、一気に上げる手間をかける余裕すらなくなりそうだ。
(発券所と入口との距離は数十メートル離れているため、ファストパスエントランスへ向かって再び戻ってくるまでに時間がかかる)
ここから数分間にできることをいくつか検討する。どれが最善かを判断し、すぐにでも動かなければ。
まずは待ち時間の変更だ。
いったん離れたら、少なくとも3分は自分が戻ってこれないのでそれを見越して待ち時間表示を上げておく。それから入口に向かおう。
発券所ポジションの子に、
「(待ち時間)110分で!」
と言い残し、駆け出す。
仮設スタンバイエントランスの様子を伺うと、ちょうどトモミがスタンバイ入口の待ち時間表示を変更するところだった。
あ、やってくれてたか。
助かった……。
「大丈夫だった?」
僕はトモミに声をかける。
「大変でしたー。入れ込みの時にファストパスの方が連れとはぐれて、一緒に中に探しに行ってて、戻ったら今度は身長を測らせてくれないお子さんがいて……」
色々あったようだ。
すでにファストパス入場ゲストの列が滝つぼ前まで伸びてきてさらに長く伸びる。スタンバイの列は、アウターキューのロープの中を、どんどん進んでいる。トモミが指示した通りに、Eちゃんがキュー調整をして列を入れ込んでいた。空っぽだったキューエリア内に列が吸収されていき、スタンバイ最後尾の列が縮んでいく。
待ち時間はひとまず120分に達し、さらに増加傾向にあった。
「お疲れー。大変だったね」
と、僕は何気ない風に、トモミに言葉をかける。
「はい、緊張しましたー」
T恵が戻ってくる。スタンバイ最後尾がすぐそこに見える位置まで引いてきたためだ。
「発券所の待ち時間が110のままでしたよ」
T恵が発券所のタイムボードを指す。
「あ、忘れてた……!」
「もー駄目じゃないですか! 私が直しておきましたけど」
って、俺が原因かーい!(笑)
☆
こうやって思い起こしてみると、あの頃の自分は、常に試されていたのではないか。
リード達から試され、そして日を置かれ、再度試されて。
僕はきっと当時、うまく動いていなかったのだろう。それを見たリードは、少し間を置こうと判断したのかもしれない。
常に僕らは試されている(いた)。そう考えると納得できる部分があると気付く。
あの時の評価は、あの時の日々の自分を如実に反映したものだ。評価が低かったとしたら、あの時の自分が原因だったのだ。
リアルタイムでは気づけなかったが、今振り返ってみるとうっすら思い当たる。あの頃の自分を客観的に見られるようになって、ようやく気づくことができたと言うわけだ。
全く、気づくのが遅すぎる。
しょうがない奴だな、僕は。