たとえば、今僕がシンデレラ城ミステリーツアーの話をしても、その真偽を確かめに行くことはできない。ミステリーツアーはもうなくなってしまったアトラクションだからだ。
僕の昔話を読んでから、今東京ディズニーランドを訪れても、進化した現在のパーク、現在の最新のアトラクションが待っているだけだ。
このような、厳密にはもう消えてしまった施設に関して語るのは実に面白く、同時に理解してもらうのもなかなか難しい。完全に同じ姿を見ることは、もう二度とできないからだ。
今回は、もう二度と見られないものについて、語ってみようと思う。
目次
イエローラインは安全確保の最前線
乗り物(ライド系)アトラクションの乗り場には、ほぼ全てにイエローラインがある。黄色い線だ。
「黄色い線の内側でお待ち下さーい」
とキャストがスピールし、乗り物がやって来る。
そして乗り物が停止し、ゲストが乗る。
今はホームドアならぬ、ローディングゲート(だったっけ?)がある。これから乗る人が飛び出してケガをしないように、柵が取り付けてある。乗り物が自動的に停止すると、それに合わせてゲートが開き、競走馬みたいに前に進める仕掛けだ。
これがない時代に僕はキャストをしていたので、今の現役の人達がとてもうらやましい。
黄色い線はゲストの「乗りたい」というはやる気持ちと、キャストの「まだ乗らないでね(乗り物が停止していないから)」という安全確保上の理由とがぶつかる最前線だからだ。
長い待ち時間を耐えてようやく乗れる、となると、人はどうしても焦ってしまう。そして乗り物が完全に止まっていないのに、体が先に飛び出してしまう。それをキャストは見逃すわけにはいかない。
この最前線を死守することが、乗り場キャストの至上命令というわけだ。
これはスプラッシュに限ったことではなく、どこのライド系アトラクションも同様なので、アトラクションキャスト経験者ならきっと共感してくれるだろう。
飛行機事故のほとんどが離発着時に起きるように、アトラクションの危険行為のほとんどは乗り場・降り場で発生する。キャストは、イエローラインを守るために神経を集中しているのだ。
乗り場には乗り物(ライド)が走行する軌道がある。ビッグサンダーやスペマンは二本のレールが走り、スプラッシュには水路がある。
スプラッシュのイエローラインは地面にペイントされた黄色い線
乗り物の停止する位置(定位置という)の手前には待機場所がある。手すりが並んでいて、その隙間にゲストを誘導する。その手すりの部分を乗車列(スプラッシュは乗船列)という。
この手すりの奥、待機するゲストと乗り物の間に引いてあるのがイエローラインだ。
通常、乗船列にゲストが入ってくると、周囲のキャストが
「黄色い線の内側でお待ち下さーい!」
と案内する。
ゲートがない時代なので、線と乗り物の間には何もなかった。線より前に飛び出せば、ボートに飛び乗ることもできる状態だ。何もない開放された状態だから危険と隣り合わせだし、常に監視する必要がある。
簡略化した図で説明する。
僕の記憶を頼りに作ったので、実物とサイズがちょっと違っているかもしれないが、ご了承下さい。
スプラッシュ・マウンテンの乗り場は、上の図のように、ボートが2台止まる。2箇所で同時に乗り込む方式だ。乗り場・降り場でボートは2台単位で動いている。
後方(図では右側)から空のボートがやってきて、ピタリと定位置で止まる。定位置にやって来るまでの間に、キャストがゲストを手すりの中へ誘導する。
(発進はキャストのボタン操作で)ボートは自動的に動き、定められた位置に自動で停まる。そしてボートが止まったらキャストが指示して、ゲストに乗り込んでもらう。
ボートが停止していれば問題ないが、動いている間に危険行為が見られたら、ボートを停止させて対処する。そして危険行為をやめてもらうよう案内する。
最も危険なのは、ゲスト自身は何かに夢中になっていて、「危険が目の前にある」と自覚していないことだろう。
特に、盛り上がったグループの人たちは完全に冷静さを失っている。小学生中学生、若い子達、学生さん、盛り上がっている男女のグループなどはほとんど前を見ておらず、自分達の盛り上がった気分にしか気が回っていない。自分の足元が線を超えているかなど、気にする余裕はない。
イエローラインは簡単に踏み越えられてしまう。
コンソールのキャストが危険行為を発見したら、ボタンを押してボートを止める。その他のキャストが危険と判断したら、ホールドサイン(合図)を出して止めてもらう。
ホールドサインは、停止ボタンを押せるキャストに向けて出す。その合図を受けるのはコンソールで、ほぼ同時に危険行為に気がついているので、すぐにボートを停止させる。
上図、左側の乗船列の2列目のゲストが、イエローラインを超えてボートに近づいていたとする。そこでボートを緊急停止させる。
ボタンを押すと、即座に約1トンの重量のボートがピタッと停止する。乗船者がいる時に止めることもあるのでそんなに急激ではないが、静かに停止する。
ホールドサインは、付近のキャストに知らせる意味もあり大きな声で「ホールド!」と言う。言うというより声を張る。というより、
「ほおおーーーるどおおおおおおおぅ!」って感じ(大げさ)。
そして中途半端な位置で停止したボートを横目に、
「お下がりいただけますかーー」
と、線から出ている人へ伝える。
盛り上がっているゲスト達はなかなかキャストの声を聞いてはくれないものだ。何かに夢中になっていると、自分の立ち位置など全然気にならないものだから、仕方ない。
でも線の内側に入ってくれないと動かせない。
そこで、キャストがゲストに寄って行き、黄色い線の内側へ下がってもらう。安全確保ができたら、ボートを再発進させて、正常な位置に来るのを待つ。
このような状況が一日中繰り返し発生するので、修学旅行生が多い日はかなりの騒ぎになるし、危険行為が頻繁に発生することになる。ディズニーランドにおける中高生の集団は、もはや正常な精神状態ではない(笑)。
彼ら若い子達のパワーに圧倒されてクタクタになった「若くない」キャスト達が、
「あ〜〜〜、もう今日は学生ばかりで疲れる〜!」
と疲労困憊になる(笑)。
学生さん達なら少なくとも言葉が通じるからまだいい。日本語の分からない外国人だともうボディアクションで伝えるしかない。(外国人の)そばに行って、下がってもらうよう伝える。
イエローラインは暗い館内でもはっきり見えるような太いラインなので、黄色い線を差せばすぐに分かってくれる。
緊急停止したボートは、位置によってはさらに危険な状態になる
それだけなら簡単? いやいや、実はまだ問題がある。
途中でボートを止めると中途半端な位置に止まることになる。止めるタイミングによっては非常に誤解を生む場合もある。
中途半端な位置とは、定位置から外れた箇所で停まることを指す。
常識的に考えると明らかに「乗りにくい」位置だ。どう見ても、正常な状態とは思えない。
次の図は、なかなか深刻なシチュエーションだ。
右側に注目してほしい。
ゲストを乗せたボートが2台出発し、次の2台の空ボートが右側からやって来る。
左側の乗り場に止まるべきボート、つまり最初に出現するボートが、右側を止まらずに通過していく。本来なら。
ここで、危険行為があってボートを緊急停止させたとする。
再び左側の2列目の人が飛び出て、ボートを停止させた。停止する時は2台同時に止まる。
その最初のボートが、たまたま通過していくはずの、右側の位置付近で止まってしまったとする。意図したわけではなく、たまたまだ。
たまたまなので、位置もちょっとずれている。よく見れば不自然な止まり方だと分かる。
だが人は、目の前で乗り物が停まるとそれに乗らなければならない、と考えるらしい。少しくらい不自然でも乗るか、と勘違いした人が、完全に正面まで来ていない位置で乗り込もうとする。
もちろん正式な位置ではないので、乗せるわけにはいかない。
こうなると、目も当てられない。
いったん乗り込もうとしているゲストへ、降りて下さいとお願いし、下がってもらい、再発進させて本来の定位置に止まってようやく乗せることができる。
これはスプラッシュ・マウンテンの乗り場の設計上の問題なのだが、期待感をいっぱいに膨らませたゲストへの案内は、時にとてもやっかいなことがある。
☆
外国人、特に中国人ゲストはすごい。中途半端も半端、ボートが半分くらいしかかかっていない状態で停止させた時。
先ほどのような絶妙にちょうどいい位置ではなく、明らかに不自然な位置で停止させた時。
目の前でボートが止まったからここに乗るんだ、と勘違いし乗り込もうとするのだ! いやいや、あなたは一列目に乗る人ですよ……なぜ3列目の、しかも相当中途半端な場所に、乗ろうとするんだ(笑)
おおらかというか、細かいことは気にしない大陸気質の人々なんだな、と思う。危険なんだけど、思わず笑ってしまう。
今でこそ中国人ゲストは当たり前に来園しているだろうが、当時はまだ富裕層(か香港から)の人達しか来ない時代だった。きっとお金持ちだから、大胆な性質の持ち主が多かったのではないか。
☆
YouTubeを見ていると、今のスプラッシュ・マウンテンの乗り場はずいぶんと雰囲気が変わったな、と思う。
ゲートがガッチリと、ゲストのはやる気持ちを押さえつけて、絶対に前へ出させない。おかげで安全確保が超カンタンになってしまったようだ。
それ自体は便利になったので否定もしないし、俺たちと同じ苦労をしなくて済むようになってよかったじゃんね、とは思うが……。
振り返ってみると、あの時代の苦労は一体何だったのだろう、と思うばかりだ(笑)。