キャストをやっていてこの人には絶対かなわないな、とかこの人は本当に才能があるな、と感じる人が何人かいた。
では、才能がある人ってどんな人だ?と聞かれたら、僕は真っ先に彼を思い出す。
彼こそ、本物の天才である。
目次
蒸気船に乗ってくる怪しい男の正体は、キャストだった
1991年の夏に時計を戻そう。
まだ僕がマークトウェイン号にいた頃。
勤務も3ヶ月ほど経過してかなり慣れてきた。普段あまり会わない土日キャストもほぼ全員顔を合わせることができた。
平日は割と空いているため、ゲスト対応ものんびりしたムードで行っていた。そもそも平日の昼間なんて、蒸気船に乗りにくる人もまばらだったのだが。
だから、その人が船着場の入口から入ってきた時、前にも乗りに来たことがある人だ、とすぐ気づいた。
その青年は、とても特徴的な人だった。
・彫りの深い顔立ち
・色白
・顔がデカい(笑)
彼は首から一眼レフカメラを下げており、いかにもマニアックな人物に見えた。
船が出発すると、彼は船べりから景色の写真を撮り始めた。彼が被写体に選んだのは、ただ今建設工事の真っ最中の、クリッターカントリーだ。
工事中のアメリカ河の、河岸に沿って並ぶ板壁の向こう側を、彼はカメラに収めていた。
彼は一度ならず、何度も蒸気船に乗りにきていたのを覚えている。
僕がなぜ彼の存在を記憶していたかというと、別の場所で彼を目撃していたからだ。
★
別の勤務の日。
僕は船を降りると、小休憩に出た。
マークトウェイン号のキャストが小休憩に出る時は、ピーターパン空の旅の裏側にある休憩所に行く。
僕が休憩所に入っていくと、おなじみのコスチュームを着たキャストたちが席を占めている。ここはファンタジーランドなので、主にファンタジーランドのキャストが休憩していた。マークトウェイン号はウエスタンランドのアトラクションだけど、位置的に最も近い休憩所がここだったのだ。
キャストたちはそれぞれお気に入りの定位置がある。
マークトウェイン号キャストは、いつも入口に最も近い位置に座る。しかしそこは、シンデレラ城ミステリーツアーのキャストも狙っている場所だ。どちらかが先に座ると仲間がどんどんやってきて占拠されてしまうので、そうなったら別の場所に着席する。
休憩所は3人くらい座れる長椅子がローテーブルを挟んで並ぶ。
僕が入っていくと、いつもの定位置はミステリーツアーのキャストが座っていた。彼らは元々人数が多く、常に5〜6名は一緒に休憩している。マークトウェイン号は1人か2人、多くても3〜4人だ。
この時は僕一人だけだ。近くの、他の椅子に座った。
ふと、ミステリーツアーのキャストたちに目がいった。
その中に、彼がいた。
例の、一人で船に乗りにきた彼だ。
なんだ、キャストだったのか。
僕はチラリとネームタグを覗き見る。
『KAGAYA』
カガヤさん。
きっとマニアックな人なんだろうな。
それ以降も何度か船に乗りにきたし、相変わらず休憩所ではよく顔を見かけた。彼は休憩所でも人気者だった。話題の中心にいつも、彼がいた。
★
翌年。
夏にスプラッシュへ異動した僕は、そこで彼に会った。
あ、あのミステリーツアーの彼じゃないか。彼もまたスプラッシュへ来たんだ。
これは面白いことになってきたぞ。
以上が、彼と最初に会ったときの感想である。
彼は集合したオープニングキャストの中で、いきなり印象的なキャラを発揮し、みんなの人気者になっていった。
そう、それが彼、加賀屋君だ。
初めて彼と同じロケーションになり天才の片鱗を見る
彼と一緒に勤務するうちに、彼の人となりを知るようになってから、改めて彼の凄さを知ることになる。
まず彼はディズニーオタクだ。彼はキャラクターのオタクであり作品のオタクであり、同時にパークのオタクであった。
★
僕が最も印象に残る場面をご紹介しよう。
スプラッシュがオープンして2〜3ヶ月が過ぎた頃だろうか。
その日は土曜か日曜の、とても混雑が予想される日だった。僕も加賀屋君も早番だった日で、どちらも外から始まることに。
開園を前に、配置につくキャストたち。
この時代は今と違い、園内の施設の人気はアトラクションに集中していて、開園するとゲストは真っ先にアトラクションに走り込んできた。
完成して間もないスプラッシュマウンテンは、ゲストが真っ先にやって来るアトラクションであり、開園と同時に大勢のゲストがメインエントランスから一斉に駆けつける。
僕らは一気に押し寄せてくるゲストを効率的に案内しなければならない。
そこでクリッターカントリーの手前、ウエスタンランドまで繰り出していって、そこで待機するのが早番キャストの日課だった。
TDL入口からやって来る人々を、スプラッシュのあるクリッターカントリーよりもずっと前方で待ち受け、入口のある方向を教えてあげるのだ。
我先にと走ってくる人たちは、目当ての施設の位置が分からなくて適当に向かってくる。だから詳しい人なら間違えるはずのない、ビッグサンダーマウンテンと勘違いしてこちらへやってきて、寸前で気がつくのだ。
僕らが、
「スプラッシュマウンテンはこちらでーす!」
と告知すると、
「あれ、ビッグサンダーマウンテンはどこ?」
と走ってきたゲストが戸惑うこともしょっちゅうだ。
開園時間。
僕らゲスコンはウエスタンランドに散らばり、ゲストを待ち受けた。
僕と加賀屋君は、ウエスタンランドのど真ん中あたりで待機する。
僕が『ゲストのスプラッシュマウンテン駆け込みルート』の少し左側で、彼が右側の、ちょっと離れた位置に立った。
その日、最初にやって来たのは小学生の男の子。
キャストは開口一番、ご挨拶。
「おはようございまーす!」
と声を出すのが普通のキャスト。
しかし彼は……
「おっはよーーーーーーーーー!!!!!」
彼はなんと、ジョン・トラボルタのポーズでお出迎え!
(こんな感じ↓)
続いて、
『スプラッシュマウンテンだよーーーーーー!」
すぐ横にいた僕は、意表を突かれた。
えっ、なんだこいつ???
走って来た少年が動揺して引いているじゃないか(笑)
「本当にこっちでいいのかな……?」って顔になってるし(笑)
予想してなかったお出迎えに、周りのキャストもウケていた。
こういう予想もしないようなパフォーマンスをくり出すのが、彼の才能なのだ。
やがて彼はTDLを去り、そしてアメリカへ
加賀屋君は、オープンしてから1年半くらいキャストとして勤務していただろうか。
あれほど情熱的にスプラッシュを希望していた彼は無事異動できた為か、次の目標へ向けて旅立とうしていたのだ。
辞める際に「ディズニーストアに就職が決まった」と言っていた。
が、それは彼の進化の始まりに過ぎなかった。
彼がスプラッシュを去ってから、2〜3年後。
突然来園してはスプラッシュに乗りに来て、近況報告をしてくれた。
「今はディズニーストアで仕事してるんだ」
そしてまた1年かそこらして、やって来ては、
「今度ワールドに行くんだ」
次に来た時は2〜3年後。
「アメリカに行ってきた。ワールドでキャストになったよ」
彼はディズニーワールドに行ったのだという。
しかも遊びにではない、働きにだ。
彼は、ディズニーストアで研修目的で、ワールドへ行くことができたらしい。当然、ストアの研修だからお店の仕事だ。でも実は彼がやりたかったのはアトラクションのキャスト。残念ながらアトラクションの仕事は、ストアではできない。
そこで彼は、現地で直接頼み込んだ。ディズニーワールドのスプラッシュマウンテンに行き、働かせてくれと。
結果はノー。
普通はそこで諦めるだろうが、彼は違う。
彼は、ただでいい、給料もいらないから働かせてくれと訴えたのだ。
そしてなんと、彼はついにスプラッシュマウンテンで働くことに成功した!
東京とフロリダの両方でキャストになった、初めての人になったのだ。
僕が知る限り、2つのパークで同じアトラクションのキャストを経験した人を、彼の他に知らない。
(もしいたら教えて下さい)
帰国した彼は来園し、あちらのスプラッシュマウンテンでの勤務の様子について、教えてくれたものだ。
閉園後のシンデレラ城ミステリー「加賀屋」ツアー
ある日の夜。
加賀屋君が、
「今日仕事が終わったら、お城に遊びに行こうよ」
と、遅番の数名に声をかけてくれた。
元ミステリーツアーのキャストの彼にとって、シンデレラ城は庭のようなものだ。閉園した後ならゲストもいないしキャストも退勤する時間なので、ちょっとだけなら中に入ることができるというわけだ。
「お城のてっぺんまで行ってみようか」
彼は楽しそうに言った。
「ミッキーが出てくる窓のところに行けるんだ」
加賀屋君と僕ら数名は、暗くなった夜の、がらんとしたパークを横切り、ファンタジーランドへ向かう。
シンデレラ城の正面の扉は開いていた。
彼は入口からひょいと中を覗き込む。
「お疲れ様〜」
中には当日の遅番リードがいた。細くて背の高い男性リードだ。
ちなみにその人こそ、当時加賀屋君とめっちゃ仲がよかった香取貴信さんだったりする。新版 社会人として大切なことはみんなディズニーランドで教わったwww.amazon.co.jp1,430円(2020月04月24日 03:45 詳しくはこちら)Amazon.co.jpで購入する
この本の作者の方ですね。
「遊びに来たよー」
僕らも続けて中に入る。スプラッシュのコスチュームを着たままお城に入る僕らは完全によそ者だ。
「中入っていい?」
「いいよ〜」
と、彼と香取さんのやり取りがあった後、彼のガイドがスタートした。
「それでは、おしり(お城)の中へ探検に行きましょう!」
軽快なガイドが先頭に立ち、最初の大きな部屋(ギャラリー)へ入っていく。
彼がちょっと扉に手を差し伸べると、巨大な扉がフワーッと音もなく開く。
ドラゴンボールのかめはめ波みたいなポーズをすると、絶妙なタイミングで扉が開いた。
(彼はただ扉を開く仕組みを知っていて、その箇所に触れただけなんだけど、本物の魔法みたいに分厚い扉がスーッと開いたように見えた)
普段のツアーとほぼ同じだけど、途中のお喋り抜き。
でも無駄な解説付きで。
「はい、ドラゴンちゃん寝てます」とか。
そして一気に上へ。
※本来のシンデレラ城ミステリーツアーは地下のダンジョンを歩いて進むアトラクションです(今はもうありません)。
途中、ドラゴンが登場した後、エレベーターに乗って上昇します。
最後の表彰式を行うフロアまで来て、記念のメダルが入った宝石箱を開ける。
「ハイ、メダルがここに入ってます」
「上げ底になってて下にいっぱい入ってるけど、これ内緒よ」
と彼は中を開けて、ぎっしり詰まったメダルを見せてくれた。
その日はキューポラ(だったかな?)にメンテナンス作業で人が入っていたので、残念ながらお城のてっぺんには行けなかった。
「また今度ね」
と言い残し、ツアーは終了。
結局、その今度は永久に訪れなかったなぁ。