今回は、PAマイクのお話。
マークトウェイン号にいた時、PAマイクを使う機会が必ずあったので、特に意識せずに業務の一環として行っていた。
PAとは、放送のことだ。マイクを使って喋る。声が拡声されてスピーカーから出る。キャストが大勢のゲストに向けて案内する時、マイクを使う。
蒸気船の場合、待合室や操舵室で使う。
マークトウェイン号は乗り物でありながら、シアター型アトラクションに似ているなと思うのは、マイクを使うからというのもある。
シアター型アトラクションは、場内で必ずマイクを使う。メインのシアターに入る前のプレショーと呼ばれる場所で案内し、シアターに入ってからもマイクを使う。
マイクは、初めて使うときは緊張するものだ。うまく行けば上手に聞こえるし、失敗すればそれも拡大されてしまう。
セリフを噛む、ど忘れする、イントネーションがおかしくなる、途中で間違いに気づき修正すると文章が不自然になる、突然思い出し笑いしそうになり我慢する、などなど……
慣れてしまうと、癖になるのもPAマイクの魅力だ。
目次
スプラッシュ・マウンテンではキャストは基本的にマイクを使わない
スプラッシュへ来てから大きな変化の一つが、PAを使わなくなったことだ。
異動してきて多忙な日々を過ごしているうちに、そういえば最近全然マイクを使ってないな、と気がついた。
PAマイクが設置されている場所といえばタワー(管制室)。ここは集中的に放送を流すことができる場所だ。しかし、通常運営中に定期的に流すことはない。
他に、館内の通路途中にもマイクはある。でも、ここも定期的に流すわけではない。運営停止になった時などの緊急時に限定されている。
スプラッシュの館内で放送すると、普段流れているその場のBGMが途切れてしまうから、できるだけしない方向でいるのだ。
ポジションの職責としての作業でマイクを使うことがなくなってしまった。
なんとなく、寂しいような物足りないような気がしてきたものだ。
僕の警告PAスピールが、ゲストに完全無視された理由
普段から使わないけど時々使う機会が訪れるということは、慣れない状態の中で使わないといけないことを意味する。
ゲストが危険行為をした時は、注意を促す。
スプラッシュが始まって数ヶ月くらいの時。
僕はタワーについていた。
タワーはその名の通り、管制室だ。
スプラッシュはおそらくTDRのアトラクションの中で、最も監視モニタが多いのではないかと思う。
全部のアトラクションを見たわけではないので断言できないが、ほぼ間違いなく最多で、全部で20枚のモニタを使用していた。当時はまだブラウン管のモニタだったけど。
ある時、ボート上のゲストが明らかに危険行為をしていた。滝つぼを落ちる直前、ゆっくり登っていく、長い直線のところだ。数名のグループの男性が、腰を浮かせて立ち上がろうとしている。
見たくないものを見てしまった。
すぐやめてくれればいいんだけど、と思いしばらく観察していたが、やめてくれない。
このままだと、ボートの動きを止めなきゃいけない。
すごく、すごく悩む。
時間はどんどん過ぎていき、ボートはどんどん上昇していく。
長い登りももうすぐ終わり、やがてボートは滝つぼに向かって、真っ逆さまに落ちるだろう。
その前に、止めなきゃいけない。
いやその前に、やめてもらわないと。
僕はマイクのスイッチを入れた。
「お客様にお願いします。安全のため、乗船中はお座りになったままでお楽しみ下さい」
全く応じようとしない。
困ったな……
再度、放送を流す。
「お客様、安全のため……」
再び同じ放送を流すが、それでも変化なし。
さあ困ったぞ。
その日居合わせたリードは、僕のトレーニング時のトレーナーだったヒデト氏。彼はオープンして数ヶ月後に、リードになっていた。
ちらりとこちらを見るヒデト氏。
「ん、危険行為ですか?」
と彼が聞いてくる。
「立ち上がりですよ」
僕が答える。
「やめてくれないなら止めて下さい」
ボートが登りのてっぺんに到達する少し前で、僕は停止ボタンを押す。
再度警告を流す。
「お客様、お客様にお願いします、お座りいただけますか? 座席にお座りになってお楽しみ下さい」
これも、無視。
ヒデト氏が近づいて来てモニタを見て、
「ちょっと貸して下さい」
ヒデト氏がスタンドマイクを持ち上げ、同じセリフを、ゆっくり喋る。
モニタに映るボート上のゲストは、キョロキョロ周囲を見回しながら……
座った(笑)
「早口すぎるんですよ、あっくんさんのスピールが」
笑うヒデト氏。
僕はライドの停止ボタンを解除。
ボートが再び動き出し、滝から落ちていった。
……そんな馬鹿な(笑)
さっきのゲスト、聞き取れなかったから座ってくれなかったってこと?
(ガックリ)
自分がボートに乗って、内部で放送を聞いてみると分かるのだが、館内放送の音声は場所によってはかなり聞き取りづらい。音量は大きいが、声がこもってしまうためよく聞き取れないのだ。
早口で喋ると、何を言ってるか分からないかもしれない。
それだけが理由とは信じたくないが、少なくとも放送を流すにはコツがいる、ということは新たな発見だった。
立ち上げ作業の進行役は、PA放送と各キャストの行動も把握しつつ行う
パーク開園前の朝の作業で、PAスピールは必ず行われる。その中の一つが、システムの立ち上げ作業である。
アトラクションのライドシステムは、内部の各場所に機器があり、乗り物を動かしている。
機器は、人間がその場に行って安全確認を行わないと、動かせない。
電源を入れても自動的に動きだしたりはしない。館内は、運営中以外は整備キャストが頻繁に出入りしていて、突然動かしたりしたら、事故の恐れがあるからだ。
そこで、現場にキャストが行って、安全確認を行い、手動操作で始動させる。
その作業を開始する前に、PA放送を流す。当初はリードの仕事だったが、次第にキャストにもやらせるようになった。
ちょうどいい動画があった。
館内放送が流れている。これが館内PAスピールだ。
立ち上げ作業時は、建物の外にもはっきり聞こえる。複数のキャストが方々に散って、その場所で待機する。そして放送で自分の場所が呼ばれたら、作業開始だ。
★
ある日の朝。
立ち上げ作業の進行役を、僕が担当することになった。
「今日はタワーで、よろしくな」
とリードのヒロミさん(♂)が、ニヤリとする。
僕はてっきり、自分はアトラクション内部へ作業に向かう役だと思っていたので、ちょっと驚いた。自分が指示出しをする側をやらされるとは。
「やったことある?」
「あ、はい、一度やったことありますけど」
実は、少し前にやったことがあったので初めてではない。
「じゃあ余裕だろ」
ちょうどその場に、ライドメンテナンスSVのNさんが現れた。この方はオープン当初、スプラッシュ・マウンテンがダウンすると、必ずと言っていいほど顔を見せる人だった。しかも深刻なトラブルの際は必ず顔を出して、メンテさんの復旧作業の進捗を運営部側のSVやリード達と協議する、重要な役職の方だ。
ところで、立ち上げ作業の順番は、ボートの進行順とは逆に進める。
図にしてみると、こんな感じ(形は超適当です)。
機器A、B、Cがあったとする。各々の場所にキャストが一人ずつ向かい待機する。ボート進行方向とは逆に作業を行うので、Cを先に行い、次にB、その次にA。
一箇所ずつ手動操作で機器を作動させ、正常に動いていることを確認し、現場のキャストは次の場所へ移動する。
進行役をやるということは、
①正しい順番にPA放送をアナウンスし、
②現場のキャストと機器立ち上げを行い、
③現場のキャストへ次の指示出しをする
ということ。
頭の中でボートの動きとは逆順を思い浮かべて各機器の場所を呼び出す。
慣れないと、すんなり出てこない。
おまけにこの時代は、作業開始の3分前、1分前、直前に放送を流すルールになっていた。1ヶ所につき計3回の警告を流す。
全部で11ヶ所の作業を行うので、計33回の告知が必要だが、いちいち個別に流すような時間はない。そこで、連続技で矢継ぎ早に流していく。
上図でいうと、今から機器Cを立ち上げるアナウンスを行う際に、一緒に1分後に機器Bを、3分後に機器Aを始動する告知をまとめて行う。
するとこういうスピールになる。
「スプラッシュ・マウンテン内で作業中の方はご注意下さい。約3分後に機器Cを、約1分後に機器Bを始動します。作業中の方はご注意下さい。なお、ただ今より機器Aを始動します。付近で作業中の方はただちに離れて下さい」
席には資料が用意されていて、立ち上げる機器の順番が記載されている。それを見ながら放送を流せば、間違えずに進められるはずだ。
テンポよく進めていかないと、現場で待機するキャストが時間を持て余す。また立ち上げが完了したら次の作業が待っている。開園に間に合わなくなるほどではないが、悠長にやってるヒマはない。
「がんばります」
僕はタワーコンソールの前の椅子にこしかけ、正面のマイクを見る。
マイクの台座にはボタンが一個ついていて、くにゃくにゃ曲げられるフレキシブルアームの先端部分はスポンジをかぶっている。
背後でヒロミさんとNさんが、僕の作業の様子を観察している。
放送を流したら、現場のキャストとやり取りして、機器の始動ボタンを押して正常に動くかをチェックする。
★
また、このやり取りの最中も、次のエリアにキャストが到着したかをモニタで目視確認する。
現場に向かったのが新人さんで慣れていない子だったりすると、かなり高い確率で迷子になってしまう。ちゃんと指示した場所へたどり着けているか、モニタを確認していないといけない。
近傍のモニタに映っていない場合、どこかで道を間違えたり迷っている恐れがあるので、放送で呼び出す。
「◯◯さーん、いますかー?」
放送は内部にいるキャスト全員が聞いているので、あー◯◯さんが迷子になったんだな〜、とバレる(笑)。
返事が来ればラッキー。たいていは連絡手段を見つけることすらできない。(しかし迷子になってもそこへ救援に行かせられる手の空いたキャストはいない……)
無事現場に到着したら、安全確認をして機器を始動させる。
作業が済んだら、現場にいるキャストには、次にどこへ向かうべきかを指示する。これも自分が指示を出すので、行くべき場所(事前に決められているが、改めて口頭で指示を伝える)を告げる。
「次は◯◯へ行って下さい」
と伝えて、次の場所を始める。
立ち上げ作業のPAスピールで、後ろから茶々を入れてくるヒロミさんとメンテSV・Nさん
僕は、次に言うべき3分前の場所と1分前の場所と、これから行う場所のPAスピールを同時にアナウンスする。
頭の中で水路の順路を進んだり戻ったりしながら、次の作業場所のモニタ確認と、キャストの配置と、モニタに映る他のキャストの姿の追跡とを交互に行い、ようやくマイクのスイッチを入れて放送を流す。
「あー、それじゃ遅いなぁ」
「ほら、そこで3分前を言うんだよ」
必死に、次にやるべきことを頭の中で組み立てている僕の背後で、2人の見物者が突っ込みを入れてくる。
「ほら、次の子がもう待ってるよ」
「次の1分前スピール、言ったか?」
いちいち背後から言われると、気が散って何かを忘れそうになる。
そんなに言われなくてもちゃんとやってますからっ!
「あー、ダメだね」
「要領悪いな、お前」
ヒロミさんとNさんは、小馬鹿にしたように笑う。
ちっくしょおおおおお!
次こそはうまくやってやる!
と、汚名挽回を誓うのであった。
★
ところが2年もすると、こんな丁寧なPA放送は必要ないとばかり、簡略化されてしまった。
直前に流すPAスピールだけになり、上記の動画のように、各場所にたった一回流せばよくなってしまった。
まあ、作業が簡単になったんだから喜ぶべきだけど、ちょっと物足りない気分もある。
手ごわい方が、仕事は燃えるのだよ。