ジェットコースター系アトラクションの宿命と言えば「カスケード」です。
ビッグサンダー・マウンテンとスペース・マウンテンのキャスト経験者なら、誰もが知っている恐怖の宣告。
ジェットコースター系アトラクションのキャストは、この言葉を聞くのを何よりも恐れています。
なぜなら、これが発生した瞬間、アトラクションはダウン(運営停止)するからです。
そしてそれは同時に、ゲストからクレームを受けることを意味します。
カスケードは、アトラクションキャスト経験者が最も聞きたくない言葉です。
しかしその存在は、あまり知られることはありません。なぜなら、本来の意味を理解した上で説明するのが難しいからです。
また、運営上のトラブルであり、お客様にご迷惑をおかけしているのは間違いなく、非常にデリケートな事象であるのも手伝って、ますます秘密にされている。
ただ、それはジェットコースター型アトラクションが避けることのできない特質であり宿命みたいなもので、どうせ逃げられないなら誤解のないようにきちんと理解しておいた方がよいのでは、と思います。
知らない方が幸せかもしれない、と思ったらこの先は読むのをやめるのも一つの手ですよ。
★わざわざ「ジェットコースター系アトラクション」と表現しているのは、一般の遊園地にあるジェットコースターと区別するためです。
TDRの中では、ビッグサンダー・マウンテンとスペース・マウンテンを表しています。
ちなみに、カスケードは2つのマウンテンだけの現象ではありません。
他にもガジェットのゴーコースターや白雪姫と七人のこびと、ピノキオの冒険旅行にもシステムの機能としては存在します。
カスケードを簡単に言うと、システムが発生させる一種の安全装置です。
ではどのような場合に発生するのでしょうか。それは、
「車両間の間隔が一定以上接近した場合」
です。
目次
アトラクションは最大効率で稼働させることで待ち時間を減らせる
想像してみてほしい。
通常の遊園地だと、
一台のジェットコースターが発車して、同じコースを回って、元の乗り場に戻って来る
これを繰り返している。
でもそれだけだと、時間がかかる。
仮に、その乗り物に20名が乗れるとする。発車してから戻ってくるまでに3分かかるとしよう。
途中で乗り降りでロスした時間を無視すると、1時間に20周できる。
1時間に乗れる人の数は、400名だ。
ここで、乗り物が2台になったらどうなるだろう。
1台が出発し、それが元の乗り場に戻ってくるまでに、2台目の乗り物を出発させる。
少しすると1台目が戻って来るので、乗客を降ろし、次のお客様を乗せて出発。
以降、これを繰り返す。
おそらく普通の遊園地のジェットコースターはこのタイプだろう。
これなら3分間に乗れる人数は2倍になる。一時間あたりの乗車人数は倍の800名。
つまり待ち時間が2分の1に減る。1時間待ちだったら半分の30分待ちになる。
では3台に増やしたら?
ジャグリングする大道芸人みたいに忙しくなるだろうが、やってやれないことはない。
待ち時間は3分の1になり、20分待ちだ。
これを5台まで増やしたのが、ビッグサンダーマウンテンだ。
普段、5台の列車での運営で、12分待ちにまで減らせて、最大2000名を乗せることができる。
(※実際の数値は上記と少し違いますが)
1台ずつ走らせた場合の5分の1の待ち時間で乗れる。実に効率的だ。
しかし問題がある。
もし何らかの理由で出発ができなくなったら?
次に戻ってくる乗り物が乗り場へ滑り込んでくる。そのままだと衝突してしまう。
次の列車が帰ってきた時に、乗り場に停車している列車がまだ出発できなかったら?
衝突回避のため、戻って来た列車を手前で停車させなければならない。
そこで安全装置が作動する。
これを、カスケードと呼ぶ。
つまり、できるだけ止まらないよう工夫して運営しなければならない。
これがコースター系アトラクション運営の難しさであり、逆に言えば醍醐味だ。
カスケードはトラブル以外にも温度差で発生することもある
さて、複数の乗り物の間隔が詰まることで生ずるこのカスケードだが、発生するのは乗り場だけではない。
走行中にも起こりうる。
走行中に列車の間隔が詰まる。そんなことがあるのだろうか。
答えは、ある。
その理由の一つが、各車両の車重の差異だ。
ジェットコースターの重量が重い時と軽い時では、走行スピードに差が出てくる。
重い時の方がスピードは速くなる。逆に軽い時は遅くなる。
ということは、軽い列車が出発した次に重い列車が発車すると、途中で追いついてしまう可能性があるのだ。
たとえば誰も乗っていない無人列車の次に、定員一杯に乗車した列車を出してしまうと大変なことになる。
途中で追いついて安全装置が作動する恐れがあるのだ。
なので、それは絶対にしないように配慮する。
空の列車の次は満員、満員の次はまた無人列車、などという運営はできないし、しない。
「絶対に車重差が大きい列車を交互に出さない」ということは、
「あらかじめ空車を出さないように、十分に配慮」しなければならない。
ゲストが並んでいる列を監視し、列の動きがスムーズに流れているのを常時監視し続けるのである。
ビッグサンダー・マウンテンとスペース・マウンテンは、好き勝手に乗せたり乗せなかったりという運営が許されない乗り物なのだ。
そして、列が途切れそうな時は事前に把握し準備しておいて、それに合わせて対応する。
ではもし、列が途中で途切れるような突発的事態が起こったらどうするか。
できるだけ列を進めるよう努力するが、それすらできない場合は、列車の台数を減らすことで対応する。
台数が減るということは、各列車の間隔が開く。
一定の長さの軌道上を一定間隔で走っているので、その間隔自体を開けることができる。(厳密には、1台減らすことで生まれた2台分の間隔が、1周回って戻ってくると全部の間隔が広がる、のだが)
ビッグサンダー・マウンテンにおいて、列車の台数調整は責任者しかできない。
(一部トレーナーも手順は教わっているものの、行わない)
責任者は、その作業か必要になる恐れがある時間帯は、トイレにも行けない。
ちなみに、突然列が途切れることはけっこうある。
たとえば、パレードが始まるとゲストがみんな見に行ってしまい、パタッと入場するゲストがいなくなる。
ただ、要因がパレードならあらかじめ予想できることで、大体責任者はゲストが減るのを予測しており待機している。
難しいのは、入場ゲストの人数が微妙に少ない、だがゼロにはならない時だ。
通常5台運営だが、それだけの台数がいらないほどゲストが少ない日、空いている時。
減らすか減らさないかの微妙な判断が難しい。減らせばゲストが増えるし、増やせばゲストが減りすぎるくらいの利用者数のときがある。
台数を減らせば効率が落ちるので乗れる人数が減る、つまり列は伸びる。
増やせばどんどん列は減るが、ゲストが消えてしまう恐れがあり、それは上記のようなカスケードリスクがある。
責任者の腕の見せどころだ。
気温の違いも、列車の速度に差を生じさせる要因になる
車重の軽重によりスピードが異なる現象が生まれるが、他にも速度差が生じる要因がある。
それは「温度」だ。
ビッグサンダー・マウンテンとスペース・マウンテンは、車体下部に車輪が付いていてレール上を滑走している。中空のパイプ状のレール(軌道という)を、上、内側、下の三方から押さえつけて、車体が浮かないよう固定している。
その車輪の摩擦係数が、温度により異なるのである。
車輪は樹脂製だが、温度が高いと摩擦係数が下がり、滑りがよくなる。なので、列車の速度は速くなる。
逆に、温度が低いと摩擦が増えてスピードが遅くなる。
と言うことは、夏と冬ではスピードに差ができてしまうのだ。
それを防ぐために、夏と冬では材質の違う車輪に交換している。
夏はより滑りにくい夏季専用の車輪を、冬は滑りやすい冬季専用の車輪を使う。
さらに。
列車を車庫から出して走行し始めたばかりの列車は、まだ車輪の温度が低く滑りにくいので速度が出ない。慣らし運転で2〜3周も走ると、速度が他の列車と同じくらいの速さになってくる。
これは調節できるものではないし、温度を上げるために何かするわけではないが。
真夏の猛暑の時期は、ただ走っているだけでオーバースピードになるため、わざと定員人数を落として空席を作り、速度を落とすことがある。
★
ビッグサンダー・マウンテンの勤務をしている時。
真夏の猛暑の日に、列を空けて、と指示が出た。
列車は5つの客車が連結されているけど、その中の1台だけ、確か10〜12番の席を空席にしてと指示された。(客車1台分減らせればどの席でもよかった)
定員30名のところ、6名減らして24名で運営したのだ。意図的に軽くして、スピードが出過ぎないように配慮したわけだ。
当然その分、待ち時間を多めに調整した。
ただしこの場合は、カスケードが発生するというより別の理由によって緊急停止する。所定のゾーンを通過するスピードが速すぎるための緊急停止だ。
以上のように、ジェットコースターは非常にデリケートな乗り物なのである。
そう、彼らはそんな気難しくてデリケートなジェットコースターを、日々慎重に丁寧に操りながら1日の運営を行なっているのだ。
初めてそれを知った時、ジェットコースターを動かし続けるのってスゴいな、こんなにも細心の注意を払って運営されているのか、と素直に感動したのを覚えている。
★
これでも、かなり簡単にご紹介しただけのようで、言葉足らずだったかもしれません。