この舞浜戦記は、僕の舞浜テーマパークでのキャスト経験を書き連ねた回想録だが、今まで僕自身の失敗を取り上げてこなかった。
失敗はたびたびやらかしていたが、あえて触れなかったのは、業務の詳細に触れる内容ばかりだからである。
単純にスキル不足によるものや、作業手順忘れ、伝達忘れ、知識不足が原因の誤案内など。まあ慣れないうちはよくやらかすことだ。
だが、自分のキャスト歴の中で、強く印象に残る失敗もある。
目次
アトラクションキャストは時々、パレードのコントロールの応援に行くことがある
アトラクションキャストは、基本的に自分のアトラクションの勤務だけしかしないものだが、時々パレードのゲストコントロール業務に駆り出されることがある。
当時は、早番で来たキャストが14時になるとブレイク(小休憩)に行き、14時15分にパレード出発地点の裏側に集合し、機材を準備し、パレードルートに出ていく。そしてパレードが始まるまでゲストへの案内やパレード中の誘導を行う。
これは昼間のパレードで、通称Dパレ(読み:でーぱれ)と呼んでいた。
パレードはご存知の通り、昼間と夜のパレードがある。
夜のパレードはEパレ(読み:いーぱれ)と呼んでいた。一般的な正式名称は「エレクトリカルパレード」だ。
昼間のパレードは毎日必ず何人かがヘルプに行く。
夜のパレードは、基本的に専門のパレードコントロールキャストがいるので、僕らは手伝わない。ただし、パレードコントロールキャストが不足する時期がある。
パレードコントロールキャストは基本的に高校生が担当している。高校生が放課後の2〜3時間を使ってシフトに入る勤務形態だ。
高校生なので、時期によってはテスト期間がある。中間テスト、期末テストシーズンになると、試験勉強があるのでみんな休みを取る。
すると人手不足になり、アトラクションキャストにお声がかかるのだ。
マークトウェイン号での勤務で、17:30や18:00上がりの日に、夕方頃に勤務終了するシフトの人に声がかかる。
早番だと4時前には終了するので行かない。遅番だと閉園時間までなので対象外。中間のシフトがマークトウェイン号にはあり、かつパレードが不足している時に限り、ヘルプに行ける。
滅多にあるものではない。また勤務時間が増えるので、お金を稼ぎたい人にとっては都合がいい。だから今日はEパレ残業があるよ、となるとヤッター、と喜んで行くわけだ。
しかもパレードの勤務はお手伝いに行く、というスタンスなので、お客さんであり、ぶっちゃけ「そこにいてくれればいいです」的な扱いを受ける。
初めてEパレの手伝いに行った時も、他の先輩から「何もしなくていいよ」と言われたくらいだ。
誤解を恐れずに言えば、ただそこに突っ立っていればいいです的なお仕事なのだ。(パレードキャストからするとありがた迷惑だけど)
☆
その日もEパレ残業があり、僕も参加することになった。
パレードのポジションは、大きく分けると二つある。
ゲストコントロールとクロスオーバーだ。
ゲストコントロール(略してゲスコン)は、パレードルートにロープを設置し、ルート沿道のモニタリングを行う。
クロスオーバーとは横断用通路のことだ。
パレードルートは長い。パレード中に園内を通行止めにすると、移動したいゲストが自由に通れない。
そこで、パレードが途中で停止した際に、何箇所か通路を設け、パレードルートの反対側へ行きたい人を横断させる場所を作る。当然、放置はできない。パレードが停止した時だけ開き、パレード進行中は閉じる。そのコントロールを行う。
クロスオーバーは数人で行うため、分からなければ一緒にいる先輩に聞けばいい。
Eパレの手伝いは2,3度行ったことがあるので、楽勝だと思っていた。
初めてのゲスコンを、僕は完全にナメていた
集合場所はホーンテッドマンションの裏側の、バックステージだ。
縦に長い舗装道路のような場所。
中央の、白い斜線が入っている道路だ。
この写真、ちょうど昼のパレードの準備中ですね。ずらっとフロートが並んでいます。タイミング良すぎ(笑)
パレード開始時間が近づくと、フロート(山車)が何台も出てきて一列に並び、スタンバイしている。その周りを、最終点検をしているメンテキャストが動き回っている。
脇に、パレードキャストやアトラクションキャストが集合し、準備を始める。
その日もマークから、僕を含めて3〜4名が手伝いに行った。
我々のポジションは、パレードのリードやサブリードが決めていた。
集合場所に行くと、今日はここをやって下さい、と指示が出る。
今回は、ゲスコン。初めてやるポジションだ。パレードの簡単な資料が配布される。
高校生のサブリードに指示されるのは、なかなか新鮮な感覚だ。みんな一生懸命。
集合場所での朝礼を済ませ、休憩に行く。
マークの先輩が、いつものように適当にやろうや、などと言っている。
僕は資料を開いた。一枚の用紙にスピールや説明文が載っている。正式な手順はこうです、といった文面だ。僕はざっと目を通し、四つ折りにしてポケットにしまいこんだ。
僕に与えられたポジションは、ホーンテッドマンションの真正面。ちょうど幽霊屋敷の植え込みが目の前に見える場所だ。
やがて高校生たちがルート沿いにロープを張り、ゲストがその外側に場所を取り始めた。シートを地面に敷いて、待機している。
季節は夏前、夕方6時台はまだ明るい。それでもパレードが始まる6時半には、ほぼ日が暮れてパレード中に完全に日が落ちる。
18時20分。
ルート上にゲストが集まりだし、ゲストは何列にもシートを敷いて座りこんでパレード開始を待ち受けている。
僕らはパレードルートの内側に立ち、ゲストのモニタを続ける。この後、パレードが始まったらロープのすぐ脇にしゃがみ、終了するまで周辺の安全確保を行う。通路以外の場所を横切ろうとするゲストがいないか監視し、通路を誘導したりする。
18時25分。パレード開始5分前。
Eパレの子たちは、スピール(案内)を始めた。パレード開始5分前に、ゲストへ告知するスピールだ。
マークの先輩たちは、別にやらなくていいよと言っていたスピールだ。
ゲストへの告知は、だいたい昼間のスピールと共通のようだった。本職のEパレ高校生たちは、元気よくゲストへ向かって声を張る。
あれ、ヤバイな。
周りの高校生キャストたちが元気よくスピールをしている。正直言って、カッコがつかない。彼らは地味なジャケットとスラックスの、いわば普通の格好のコスチューム姿。
それに対し、僕らアトラクションキャストは、各自のロケーションの服装だから、一層目立つ格好だ。
とは言え、マークトウェイン号キャストのコスチュームは黒ジャケットに黒スラックスなので、夜ともなれば地味どころか見えないんだけど。
だから、僕らが立っているだけだとかなり悪目立ちするのだ。やる気なさそうな人たちだな、とゲストからは映るに違いない。(意識過剰かもしれないけど、実際その通りだと思う)
スピール内容は、そんなに難しくなかったはず。僕のポケットに入っている資料にはそれが書いてある。だが、さすがにこの場でそれを開いて読むわけにはいかない。
資料は、休憩中に適当に読んだだけなので、内容をほとんど覚えていない。参ったな、もっと真面目に読んでおけばよかった。
僕が立つ場所の真正面には数十名のゲストが座っていて、パレードの開始を待ち受けている。
僕もやってみるか。
(というか、やらざるを得ないな……)
「みなさーん、こんばんはー!」と元気よく語りかける。
僕の左右の、数メートル離れた位置では、Eパレキャストが一定間隔で配置され、誰もが手慣れたスピールを行っている。
「〜パレード中はあちらに横断用通路がありますから、そちらをご利用くださ〜い」
そこで、詰まってしまった。
あと何を言うんだっけ? 思い出せない。確かまだお知らせすることがあったはずだが、出てこない。
周辺のキャストはすでにスピールを済ませていて、マネすることもできない。
……まずい。頭から何も出てこない。
どうしよう。
沈黙。
さらに、沈黙。
あろうことか、僕は何も言うべきことを思い出せず、黙り込んでしまった。
すぐ目の前に二人の女の子が座っていて、僕をじっと見ている。
「お兄さん、がんばって〜!」
と声をかけられた。
だめだ、何も出てこない。
必死に喋る内容を頭の中から引っ張り出そうとするけど、全然出てこない。
まるで途中で電池切れしたロボットみたいに僕は黙り込んでしまった。
18時30分。
突如、電子加工された英語のナレーションが始まった。エレクトリカルパレードのスタートだ。
いつの間にか5分が経過してしまったのだ。僕はやってくるパレードの先頭に気づき、慌てて沿道にしゃがみこんだ。
パレードはとてもきれいな電飾で飾られたフロートが登場し、賑やかな音楽が流れる。
それに対して、めちゃくちゃカッコ悪い僕(笑)。
後から考えると、言うべきことは大して難しい内容ではない。何度かやってみると、実はゲストに伝える内容はどこでも共通なのだ。安全面とかお願いとか、定型文のようなものがあって、それさえ覚えてしまえばスピールは、いくらでも応用がきくものなのだ。
しかし当時の僕にはそれが理解できていなかった。
夜パレードにとって僕らアトラクションのヘルプはお客さん、という感覚が、いつまでも居心地悪く自分の中に木霊していた。
その後、夜のパレードでのゲスコンは、数年後の年末のカウントダウンパレードにおいて再びチャレンジの機会がやってくるのだ。
(昼間のパレードではしょっちゅうやっていたけどね)
手慣れてみると、案外面白いし、むしろゲストをいかにノセるかに磨きをかけるようになる。
Eパレキャストはゲストに対して告知スピールするのが、自分の唯一の見せ場なので、みんな気合いが入りまくっているし。
でも、あの時の失敗というか下手な自分は、二度と取り戻せないんだよな ぁ……。