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初めてコスチュームを着る時はフィッティングがある
コスチュームの交換は、個別アイテムを交換する時と、全部交換する時がある。
シャツやスラックス等の肌に触れるアイテムは、同じものを着続けていれば汗臭くもなるしシワもできるため、こまめに取り替えなさいと指導されている。特に夏場は毎日交換が基本である。
前編で説明したとおり、別のロケーションで勤務する場合は、全部のアイテムをまるごと交換する。
以前借りたことのあるコスチュームであれば、各サイズを知っているので交換時に自分のサイズを告げて用意してもらう。
上下の衣装、帽子やその他様々なアイテム類が各ロケーションによって定められているので、必要なものを貸与される。
僕自身も、いろいろなアトラクションを経験したので、何度も全交換をした。
中には、初めてその部署のコスチュームを着るという場合がある。
キャストデビューで初めて借りる時や、異動などで別ロケーションへ行った場合などだ。
つまり、コスチュームの交換には
①一部アイテムのみ交換
②全アイテム交換(着用経験あり)
③全アイテム交換(着用経験なし)
がある。
初めて着るコスチュームは強制的にサイズを決められてしまう
初めてコスチュームを借りる時はこうだ。
「初めてです」
とカウンターでイシュー(美装部)キャストに告げる。すると、
ではあちら(左側の鉄の扉があるところを指し)へ来て下さい、と言われ、カウンター内部へ誘導される。非常口みたいな大きな鉄の扉(搬入口ですね)を開けてくれて、そこからコスチュームがぎっしり詰まったカウンター内部へ導いてくれる。
中に入れてもらうと、よく展示会場にあるような、カーテン付きの試着コーナーがある。
そこでしばらく待つよう指示される。
数分後、イシューキャストが全アイテムをかき集めて持って来てくれる。僕を見て大体このくらいのサイズだろうと見当を付けて用意してくれるのだ。
カーテンレールにハンガーをかけられてコスチュームを着てみる。着方が全然分からない状態で。
一通り着替えてから、イシューキャストがおかしなところを修正してくれる。着方が分からなくても教えてくれる。
ただし、イシューキャストでも知らない部分があったりするので、それは各ロケーションのトレーニングの際に、トレーナーが教えてくれる。
たとえば、昔のビッグサンダー・マウンテンの男性用コスチュームのアイテムにバンダナがついてくる。これ、どうやって着用するか、最初は皆目見当がつかない。
トレーニング初日に、トレーナーさんが教えてくれるのだ。
男性用バンダナは、広げた状態から三角形に二つ折りし、細くくるくる巻いていき、シャツの襟元にかけるように置いて先端を首の前で固結びして着ける。
さすがにイシューキャストもこれは知らない。まあそんな例外もありますが、基本的にはイシューキャストが教えてくれる。
しかも、スラックスなどのサイズはイシューキャストがかなり一方的に決めつける。かく言う僕も、
「うーん、もう1サイズ下にしますね」と言われて丈の短いスラックスに替えられてしまった。
あのー、ちょっと短いと思いません? という反論は却下である(笑)。
いずれにせよ、コスチューム全交換は非常に面倒だ
コスチュームを全交換する時は、それまで借りていたコスチュームを一揃い全部持っていく。雨具も持参する。
カウンター内側のイシューキャストが、一品一品チェックし、いったん全部回収する。
次に借りるロケーション(アトラクション)名を告げると、一枚の用紙に必要なアイテムを記入していく。美装部(当時。のちにコスチューミング部)のキャストは全ロケーションの全アイテムを知り尽くしており、何が必要かをテキパキと用紙に書き込んでいく。
その際、作成される用紙が以下のコスチューム・イシューカードである。
このカードは2001年か2002年ごろに、レジロールに感熱プリントしたタイプに変更されてしまった。
これはマークトウェイン号のコスチュームに全交換する際に作成されたものだ。時期から推測すると、僕がスプラッシュに異動後に、マークトウェイン号のシフトに入った際のものだ。
一年以上マークトウェインを離れていたのにいきなり入ってと言われ、ヤバイな大丈夫かな、とハラハラしていたあの時の記憶が蘇る(笑)。
イシューキャストは、このカードを手に、コスチュームが並ぶ列の奥へ消えていく。アイテムによってはずーっと遠くまで探しに行き、あちらこちらから数点〜十数点のアイテムを見つけてきてカウンターに並べる。
この間、ひたすら待つ。
この時のイシューキャストが、まるでコスチュームのジャングルに飛び込んでいって餌をゲットして戻ってくる野生動物のようだな〜、といつも思っていたな。
そして全アイテムが揃っていることを確認し、サインする。
雨具も同時に借りるし冬期はジャケットやウインターコートも借りるため、両手いっぱいに抱えて自分のロッカーまで持ち帰る。
あー、これを書いているだけで、めんどくさい記憶が蘇ってきた。
複数のアトラクションを日替わりで勤務する際、毎日勤務後にこれを繰り返すのは非常に面倒なのです。
だから、短期間に複数ロケーションで勤務する場合、あらかじめダブルで借りておけば面倒な手間を省けるわけで、当時は2セットのコスチュームを常に借りている人は結構いた。
事件は、コスチュームの絶対数不足により発生した
ところがここで、別の問題が生じる。
本来借りたい人が必要な時に借りられない、という事態が発生する。
コスチュームが足りなくなるのだ。
もちろんコスチュームは、キャストの人数に合わせて十分な数が用意されているものであって、当日着用する分と予備で交換する分が確保されている(はずだ)。
スラックスのような汎用性のあるアイテムは、共通化しているので十分な数が用意されているので問題ない。
マークトウェイン号キャストが履いているスラックスは黒いシンプルなズボンであり、これはウエスタンリバー鉄道やメインストリートビークル(車の運転手)のキャストと共通だ。
だから本数はたっぷりあって足りなくなることはまずない。
たまに、台風の接近した前後の日などで濡れてしまうと、みんながいっせいに交換するため、基本アイテムも不足する。
ちなみに足りなくなると、
「今は足りないので、1サイズ上げるか下げるかして下さい。または次回勤務時にもう一度来て下さい」
と言われてしまう。
スラックスなら1サイズ長さが上か下のを借りる。シャツも同じ。
汗をかく季節は特にシャツが一時的に不足する。
だが、そのロケーションだけしか使わないアイテムは十分な数がない場合もあり、不足した際に借りられないという一大事になる。
マークトウェイン号のキャストは赤い蝶タイをしているが、このアトラクションだけしか着けないアイテムなので、元々の絶対数が少なく、「足りない」と言われることがけっこうある。
タイだけを交換する時なら、交換を諦めればよいだけのことなので、あまり問題になることはない。(実は、汚れや濡れた時以外にも交換することがあるのだが、今回は割愛する)
この頃、赤いタイの交換を願い出ても、ありませんと言われることが増えてきたのだ。
タイの置き場所は、イシューカウンターの正面のハンガー列の手前に置かれた、小さな引き出しの中にあった。
事務用の書類を入れる引き出しケースが置かれ、小さく「マークトウェイン」とか「リバー鉄道・ビークル共用」とか書いてあるのが見える。
透明の引き出しなので、収納された本数がしっかり見える。
赤いタイはいつも本数が少ない。2〜3本しかないのは当たり前、時には1本とか、空っぽの時もある。全くないというのは、要するに、クリーニングに出してまだ戻ってきていない状態ということだ。
その上、ダブルで借りているキャストが、片方を返さないでロッカーに置いたままにしてあるため、不足しているのだ。
ひんぱんに別のアトラクションを行き来するなら二重に借りていても全く問題はない。しかしその人数が多ければ、その分コスチュームが不足するのは当然だ。そのおかげで、本来勤務が入っていて借りたいキャストが、借りられない事態になっていたのだ。
決してKご君は二重に借りていたわけではない。自分のいかだのコスチュームを返却してマークトウェイン号のを借りたいだけだったのに、赤いタイの残数がゼロになっていたのだ。
だから、彼はイシューキャストに食ってかかった、というわけだ。
コスチュームが足りないから勤務できません、ではお話にならない。
その時はどうしたか不明だが、何とか勤務はできたようだ。
ついにダブルイシュー禁止令が発令された
それから1〜2週間後。
イシューカウンターの上と横の柱に張り紙が。
『○月○日から、コスチュームのダブルイシューは禁止になります。所持しているキャストはただちに返却願います』
今後は、同時に2種類以上借りることはできない。
今日はカヌー、明日はマークトウェイン、明後日はまたカヌー、という勤務であっても、いちいち返却して翌日の勤務のために交換しなければならなくなってしまった。日替わりで別アトラクションに行く人にとっては、非常に面倒なことになってしまった。
僕はすぐに、あの時のKご君がブチ切れていた事件が関係しているのでは、と思い当たった。
まあ結局、特別な許可が降りればダブルイシューが可能になるよう制限が緩和されたのだが、それまでに数年を経なければならなかったと記憶している。
☆
それから2〜3年後のある日。
Kご君には妹さんがいて、彼女もキャストになっていた。
彼女は高校生の時にパレードのキャストになり、進学して土日キャストとしてアトラクションに配属されたのだ。
ある時、イシューカウンターの前にいた彼女を見かけて挨拶した。
「これから(ホーンテッド)マンションなんです」という。
そう、彼女も複数のロケーション勤務が可能になっており、ちょうどホーンテッドマンションのコスチュームを借りていた最中だった。
「あー時間がない〜!」
と、イシューキャストが戻ってくるのを待っていたところだった。
そんな彼女を見ながら、
(いやー、君のアニキが怒鳴りつけて抗議してなきゃダブルで借りられたかもしれないんだよねぇ……)
と、思ったが、黙っておくことにした。
もちろん、彼が原因だという証拠は一切、ない。