基本的にずぼらな自分が、キャスト時代の勤務に関しては、いちいち記録していたりする。
日記ほどきちんとしたものではなく、メモ用紙に書き込んで保存していたものだ。
マークトウェイン号時代のことは割とこまめに書かれていて、天気がどうだとかこんなことがあったとかコメントしてある。
ただしそんなに詳細は残していないので、「今日は失敗したーちっくしょー」などと書き残しているものの、現在の自分は内容を全く覚えておらず、えっ何があったんだ?ちゃんと書いとけよ〜、と実に歯がゆい。
中でも強く印象に残っているのが、年末〜翌年にかけての自分の進退に関してだ。年末年始の勤務と、新アトラクションの話だ。
年末のカウントダウンパレードもネタが盛りだくさんだが、その時のメモがどこかに紛れてしまい探しているので、見つかったら後日ご紹介したい。
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目次
ウエスタンランドの隣は新エリア工事中だった
話を最初の春に戻そう。
そういえば、と思い出すのが隣のエリアの工事のことだ。
僕がマークトウェイン号に配属された日から、勤務場所であるウエスタンの横では、大がかりな工事が行われていた。
研修で、ディズニーランドは完璧なショーを演出するだの、キャストは与えられた役をこなすだの、さんざん美しい説明を聞かされていた。
ところがいざ現場に来てみると、その職場の隣に思いっきり雰囲気ぶち壊しの工事現場が広がっていたのにはびっくりした。
アメリカ河の側面、ウエスタンランドとファンタジーランドの境界部分に、延々と茶色い板壁が走っていた。アメリカ河沿いなどは、水面から立ち上がった板壁が、高さ2メートルくらいで居並ぶ。
その向こう側には樹木が並べて植えてあり、一応内側の作業が見えにくいように配慮されていはいた。
と言っても、マークトウェイン号の3階デッキから見れば、丸見えである。
そこはただの工事現場であり、むき出しの地面と建築資材、かろうじて建物らしき鉄骨の骨組み、走り回るダンプと時おり現れる巨大クレーンなどが見えた。
毎日見ているうちに、すぐ慣れてしまってほとんど意識しなくなった。
工事は日々勤務する中で観察していても、ほとんど進んでいないように見えた。
でも数ヶ月が流れる間に、少しずつ変化が現れてはいた。鉄骨の骨組みのてっぺんに、三角形の巨大な鉄骨で作られた物体がクレーンで吊り下げられて、乗せられた。ようやく山らしい形になってきたな、と思う頃、季節は秋を迎えていた。
新アトラクションとエリアができる、と聞いたのがいつだったか覚えていない。それくらい自分にとってどうでもいいことだった。
賞与と年パスと、水しぶきの山
ある日。
勤務に行くと、給与明細ではない、少し小さな明細が渡された。カタカナで「ショウヨ」と書かれているそれを開くと、3万円の金額が記載されている。
「今年もボーナス出たね」
先輩トレーナー、カンちゃんである。
「専業はいいよね、3万でしょ。土日は1万ちょっとしかもらえないんだよね」
彼は土日キャストのトレーナーだった。
「税金引かれて27000円だよ。年パス買えって言ってるようなものだよね」
と、僕を誘う。
「ちょうどぴったり年パス代になるから買おうよ。勉強になるよ」
同じ土日トレーナーのナカさんも同意見だ。
僕がマークの同僚で、妙に仲良くなったのがこの二人だ。
彼らのアドバイスを受けて、というより自分の好奇心が赴くまま、僕はTDLの年間パスポートを買うことにした。
以前から年パス持ちの人がいたのは知っていた。年パスなんて、物好きな人が買うものだと思っていた。
でもリードも「1回くらい買ってみるといいかもよ。パーク内の勉強にもなるし」と言う。
自分の勤務場所の付近に関しては一通り知っていても、エリアが違ったり遠い場所の施設に関しては全く見たこともないし、どんな感じかも分からない。
ウエスタンランドで勤務していると、遠く離れたトゥモローランドの施設はガイドマップに掲載してある情報しか知らず、ゲストから聞かれても基本的なことしか案内できないのだ。
実際に入園して中の施設を見ると、自分が全然知らずにゲストに案内していたのがよく分かる。
『この建物に沿って進んで、お城に突き当たったら左に曲がって下さい』と普段説明していても、実際に行ってみると道は曲がりくねっていて、この言い方だと迷うな、と気付いたり。
トゥモローランドテラスではどうやって食べ物を買うか、入口はどちら側についているか、などなど。行ってみなきゃ分からないことばかりだ。
今日行くんだけどどう?
とこの二人に言われ、誘われるがままに。
マーク内でも際立ってお喋りで面白いこの二人に誘われたら、断るのは不可能だった。この二人の魅力に抗えなかったとも言える。
買い方も二人に指導してもらい、そのままインパーク。
ちなみにこの3万円のショウヨとは、前年度に入場者数1000万人を達成した記念で支給された特別賞与、祝い金のことだ。毎年連続で出ている、恒例のボーナスだった。
年パスの購入はまずパークの外の施設で申し込む。(イーストゲート・レセプションだったかな。間違ってたらごめんなさい、この当時の話です)
まず、27000円を支払う。
そこで年パスの引換券を受け取り、入場する(まだ年間パスポートが作成されていないが入れる)。で、中に入ってすぐに総合案内所であるメインストリートハウスで作成してもらう。
年パス作成には顔写真が必要だ。写真を持参しないとその場で撮影してくれる。
担当してくれた女性キャストは実は知り合いで、あら、ついに年パス買うんですね、などと話しながら手続き。
三脚をわざわざ用意してその場で(オンステージで)カメラで撮影、作成してくれる。
年パスが手渡されるまで少し時間がかかる。完成を待つ間、僕ら3人は案内所の中で暇つぶしする。
広いフロアの中央には、大きなジオラマ模型が飾られていた。説明文の書かれたプレートには、
【クリッターカントリー 1992年10月1日オープン予定】
とある。
模型の中央にアメリカ河が見え、マークもちゃんと航行している。
「ほらマークがいた。F原さんが乗ってるよ」
ジオラマはアクリル板で覆われており、その表面を指すカンちゃん。
ジオラマのパーク内を、小さな人間がたくさん歩いている。もちろん顔は小さ過ぎて分からない。
「そこ触ってるとヒゲが濃くなっちゃうよ」とナカさん。
「うわーヤバい、ヤダ!」慌てて手を離すカンちゃん。
余裕でリードをネタにしてイジる二人である。
(確かにF原さんはヒゲが濃かった)
そして奥の方には、山がそびえていた。
【スプラッシュ・マウンテン】
の札がついている。
「来年新しくできるんだよ」
カンちゃんが言った。
ふーん、そうなんだ、というのがこの時の僕の感想である。その後13年に渡って勤務する者の感想とは思えないが、事実である。
マークトウェイン号乗り場の隣に並ぶ板壁の向こうに、新しいエリアが誕生するわけだ。
ジオラマの中の新エリアを見て、実際の現地を思い浮かべてみるが、まだ影も形もない。現実には、真っ平らな地面がむき出しになった工事現場しかない。本当にあと1年で完成するのだろうか。
なぜなら、新アトラクションなんて、別の惑星のできごとだと思っていたからだ。
ましてや自分が行けるなど、想像すらできなかった。
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何となく噂が流れていた。どうやらスプラッシュマウンテンのキャストは現役キャストからも、志望者を募るらしい。
ふーん。僕はほぼ、無関心だった。
当時の僕がつけていた勤務メモによると、1992年の年が明けて冬から春にかけては風が強い日が多かったようだ。
季節の変わり目は天気が崩れるのでしょうがない。
前回書いたように、マークトウェイン号は強風に弱い。少しくらいなら運営は可能だが、ある程度以上の風速になると止めざるを得ない。
運営停止が決まると、我々は船を降りて入口前でひたすら停止中であると告知を続ける。朝から停止したままで、そのまま閉園時間まで動かないと言う日も珍しくない。
何日もそんな日が続くと、さすがにつらい。
しかも出勤する際に風が吹き荒れている時は、勤務開始前からこりゃダメだ、と分かってしまう。
また今日も、一日中立ちっぱか……。
と、ため息も出る。
代わり映えしない勤務の休憩中、マークのリードオフィスの壁に掲示してある張り紙が、目に入ってきた。
「スプラッシュマウンテン キャスト募集のおしらせ」
新しいアトラクションへ行けば、こんな退屈なことはないんだろうな、とぼんやり思う自分がいた。
(つづく)