【舞浜戦記第2章】その女、凶暴につき(中)スプラッシュ・マウンテン037

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舞浜戦記037
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記憶とは恐ろしいものだ。

良くも悪くも昔の出来事が薄れていってしまう。あんなに激しく憤っていたのに、その内容が抜け落ちていき、何があったかを思い出せないのに、感情の痕跡だけが干からびて残されている。
忘れてしまうくらいなら大したことではなかったのでは?

いや、そんなことはない。
なぜならば、僕はその時はっきりと覚悟したからだ。あいつの横暴を許すわけにはいかない、たとえ全てを失ってもかまわない、と。

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「早く辞めちまえばいいんだよ!」

新しい組織がスタートし、お互いに顔と名前を覚えると、自然と仲良くなりみんなで食事や飲みに行くようになった。

早番で勤務が終わると、大体午後3時か4時くらいになる。帰るにはちょっと早い時間帯なので、僕らはよく近場のファミレスや飲食店に行っておしゃべりした。幸いなことに舞浜〜浦安周辺はそれにふさわしい飲食店がいくつもあり、選ぶのに困らない。

ある日の午後。
専業キャスト(週5日勤務)のメンバー数名で食事に行った際のこと。仕事の話が落ち着くと、自然とキャストの話題に移っていく。
誰かがロミさんの名前を出した。

「あいつ、ムカつくよな」
誰かが口火を切った。
すると、次々同意する意見が出てきた。

「そうそう! 何なのあいつ」
「あの人ビッグサンダーから異動して来たんでしょ」
「あそこはあんな奴ばっかりだからなぁ」
「異動する前からあんな風だったらしいよ」
「最悪だよあの女」

批判的な意見がしばらく止まらなかった。
予想はしていたが、そんな人だったのか。

専業キャストで、僕が仲良くしていたガン君(♂)も同席していた。彼もロミさんと衝突した一人だ。彼は元々気性の激しい性格だったので、彼女のような人とぶつかるのは自然な成り行きとも言えた。
あるひ、同じ休憩になった時も僕に会うなり、

「あいつふざけやがって。絶対許さねぇ!」
と激しい剣幕だった。

またある時は、
「あの女、ゲストからも名指しのクレームが何度も来てるんだ。キャストに相応しくない。あんな奴、早く辞めちまえばいいのによ!」
との情報も。

みんなの意見をまとめると、彼女はゲスト対応も乱雑で荒っぽく、笑顔はもちろんない。キャストに対してと同じように、ゲスト対応もまた冷淡そのものだった。キャストとして最もふさわしくない人の一人と言えそうだ。

気がつくと、彼女はほぼ全てのスプラッシュキャストから嫌われる存在になっていた。
実は僕はまだ実際に被害に遭っていなかったので、正直ピンとこなかったのだ。

誰もが彼女の被害を受けないように警戒していた

トレーニング中の様子は以前書いた通り、6人のトレーニーとトレーナーのヒデト氏のチームで和やかに進行した。僕はどちらかと言うとトゥモローファンタジーの3名と仲良くなった感じだ。

ただ、トレーニング中を思い返してみると、彼女がビッグサンダーマウンテンで一緒に仕事をしてきたカナさんやヒデト氏がその場にいて、普通に会話は交わしていた。だから全ての人を拒絶していたわけではない。
ただの人見知りか? いや、人見知りの人は他人を攻撃したりはしない。彼女は異質であり別格なのだ。

僕はマークトウェイン号時代の経験から知っていたが、まだ楽観的な希望も持っていて、きっとあの人ももっと深く知り合えば、きっといいところもあるのだろう、とある種の期待を残していた。

だが、それは甘い考えだった。
ディズニーの夢と魔法はどんな冷酷な人の心も溶かし明るい性格に変えていく……そんな考えを抱こうものなら、裏切りの痛打を浴びるはめになるだろう。

周囲を威圧するかのような彼女がいると、凍りつくように周囲の空間から笑顔が消えた。ポジションが近い乗り場などに彼女がいると、雰囲気が暗くなり、他のキャスト達もひどく用心するようになった。自分がいつ被害者になるかもしれないという、ネガティブな緊張感で身を守っていた。

始まったばかりのアトラクションは作業手順が曖昧で、細かい部分は試行錯誤の手探り状態でやっていた。ある程度経験を積んでいれば、キャストの常識やアトラクション経験の下地ができているので迷うことも少ない。

でも新規で加入した人達は、その常識がまだ体に染み付いていない。ましてや新しいアトラクションなんだからスムーズにできなくて当然だ。
新規メンバーがもたもたしていたり迷っている際に、彼女は苛立ちを隠さずに未熟な彼らを責めた。

もたもたしていたら、早くしなさいよ、と急かす。迷っていたら、彼女はその人がやるべき仕事を奪い取り、自分のやり方で(それが正しいか否かは関係なく勝手に判断し)片付けてしまう。余計なことしないで、と嫌味を吐いて。

言われた方は、どうすればいいのか分からない。そこで丁寧に教えてくれるわけでもないし説明も一切ない。ただ責められて終わり。
彼女は常に苛立っていた。苛立ちを周囲に撒き散らした。誰かれ構わず攻撃した。
ほどなく僕に対しても、彼女は牙を剥いて襲いかかってきた。

突然彼女は、僕に「刺々しい」言い方でケチを付けてきた。どこかのポジションで、神経に障る言い方で。
まあ言葉じりの問題なので、スルーすれば済む話なのだが。無神経な人は、自分の発した言葉の相手への伝わり方に関心がなく、与える印象に対して鈍感だ。
言い方を工夫すれば相手に与える印象だって違うのに、まるで気遣いをしない。まあ、これは本人の性格なので直しようがないのだろう。

そうか。これがみんなから嫌われる理由か、と思い知った。
そりゃあこんな言い方をされたら、嫌われるよな。

その時、僕は彼女を殴ろうと決意した

その時、僕は屋外にいた。ポジションとしてのゲスコンについていた時のことだ。詳しく覚えていないのだが、あの時僕は自分のポジションに与えられた職責を果たそうとしていた。

外のポジションは、誤解を恐れずにいうと気晴らしのような効果がある(人によるが)。
館内では秒単位で時間を削り、集中力のほぼ全てを乗り降りに費やしているのでかなりピリピリした状態だ。それに比べて屋外のポジションはそこまで緊迫感はない。
ただし激混みの日は、逆に館内以上に大変だが。程よい混み具合の日は割とリラックスできる時間帯だったりする。

外のポジションは自分の活躍をアピールできるいい機会だった。
少なくとも「使える」人であるには、必要な時に的確に行動できるキャストだと周囲に認められる必要がある。ゲスコンというポジションは、自分が使えるキャストであることを知らしめる最適のチャンスだと言えよう。

その機会を、彼女は奪おうとしていた。僕の活躍の場を奪いに来たというわけだ。
思い返してみると、だから僕は相当に焦りを感じていたのだと思う。

その時も、彼女は僕の担当ポジションへ、横からサッとやってきたかと思うと僕がやるべき作業を勝手に片付けてしまった。

あっけにとられた。
何だこいつは? 何だって僕がやろうとしていたことを横取りするんだ?
ただ嫌味ったらしく人のやることにケチをつけるだけに留まらず、なおかつこっちの仕事まで奪っていくあんたは何者なんだ?

その時点での僕の怒りは限界を超えていたし、これ以上こちらの領域を犯すような真似をしたら放って置けないだろう。ある程度は我慢するが、それでも治らない場合は。

もしあいつがこれ以上勝手なことをするなら……
殴りつけてでも、やめさせてやる。

相手をこれ以上のさばらせるわけにはいかない。それで僕がキャストをクビになっても構うもんか。

彼女はどう反応するだろうか。おそらく殴り合いになるだろう。別に勝ち負けとかはどうでもいい、彼女に反撃できればそれでいい。

今度やられたら。絶対に許さない。
僕の中で怒りだけが激しく渦巻いていた。

数日後、その時が来た。

以前と全く同じシチュエーションで、彼女がやって来た。
僕は待ち構え、彼女の様子を見ていた。やはり、今日も自分の好きなように動き、こちらの領域を侵そうとしている。
やっぱり、来たか。

彼女は僕がいる方へやって来て、勝手にキュー(列)調整しようとしていた。

僕は拳を握りしめた。
殴りつけてでも、絶対に止めてやる。

僕は彼女の前に立ちはだかり、その行く手を遮った。

「ちょっと、どいてよ」彼女は言った。
「いいですよ、俺がやりますから」

僕は答えた。本来は僕の職責なのだ。

「いいわよ、やるから」
彼女がロープの金具をつかみ、開けようとしたが、それを制止した。

「何やってんのよ」
彼女はロープで囲われた中へ、強引に入ろうとした。

僕はロープをつかみ、開けさせようとしない。
今こそ、彼女を殴る時だ。

(つづく)

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あっくんさん

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元TDLにてアトラクションキャスト勤務を経験した十数年間を回想する場。このブログはそんな僕の、やすらぎの郷でございます(笑)。

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