【舞浜戦記第二章】その女、凶暴につき(下)スプラッシュ・マウンテン038

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舞浜戦記038
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彼女の反応を、僕はずっと考え続けていた

僕はわずかに振りかぶろうと身構えた。
殴るなら、今だ。

……しかし。

次の瞬間、彼女は、
「じゃあ、勝手にしなさいよ!」

と言うなり、彼女はその場を去って行ってしまった。

……あれ?

僕は拍子抜けした。
きっと彼女は頑強に抵抗し自分の我を通すと思い込んでいたのに。

それなのに。
逆に僕は困惑してしまい、しばらくゲスコンをしながらぼーっとしていた。

次に中のポジションに入った時、ミナ(♀)が話しかけて来た。
「あんた、あの人に逆らったんだって?」
「あ……うん」
「彼女さっきのブレイクの時、あんたのことムカつくって言ってたよ」
僕はぼんやり聞いていた。
「あんたやるじゃん。それ聞いてスッキリしたぁ!」
と、ミナは嬉しそうに言った。
ミナもまた、彼女にやられていた一人だったのだ。

僕は拍子抜けしていた。きっと激しい争いになると覚悟していたのに。彼女があまりにもあっさり引き下がったので、ひどく狼狽していた。

そんなことがあったからと言って、彼女の行動は変わることもなく、相変わらずだった。
僕もそれ以降、彼女に対し何度か神経に触るような出来事があったものの、この人はどうしようもない人なんだ、と見限るようになった。
考えるだけ無駄だし、更生させようなんて10000%不可能だ。

ただ僕は、なぜ彼女があっさり引き下がったのかについては、ずっと考えていた。

だが、答えは出なかった。彼女は今まで通り、ふてぶてしい態度で勤務していたし、周りからも相変わらず嫌われていた。

ダウン時、彼女は精密機械のように正確に動き出した

後から振り返って、思い出したことがある。

スプラッシュが正式オープンするより少し前、スニークオープン中のことだ。
その日は確か「通常運営」が始まって1〜2日くらいだったと思う。まだまだ僕らは始まったばかりのアトラクションを普通に動かすことに苦心していた。

ごく普通にボートが動き、止まり、ゲストを案内して乗船、出発。この当たり前の状態、タイミング、リズム、時間の経過する感覚、発進、停止、スピール、手順、手を振る動作。それらを体に染み込ませるのに必死だった時期だ。

その日。
乗り場にいた僕は、「いつものように」手順をこなしていたが、気がつくと、異変が感じられた。
何か、音がしている。
なんだ?
様子を伺う。

遠くでアラームが鳴っている。
緊急停止のアラーム音だ。

え? 本当に?

自分の耳を疑っていた。まさか。いや、聞き間違いじゃないだろうか。
周りのキャスト達も同様だったようで、みんなが固まって動けなかった。
知識としては、何をやるかは知っていた。だが、本当にその時が訪れたのか、自信がなかったのだ。自分の聞き間違いじゃないのか? 人の声でガヤガヤしていて、鳴ってもいない音を、聞いたと勘違いしているんじゃないのか。
誰もが、信じ切れずに、凍りついていた。

そんな時。
ダウンスピール(緊急停止時の案内)を、冷静に始めた人がいた。

ロミさんだ。

「スプラッシュマウンテンはシステム調整のため……」
まるで自動的に作動する機械装置のようにスピールを始めていた。そして彼女は素早くその場を離れてタワー(管制室)へ向かう。
その動きに、他のキャスト達も魔法が解けたかのように追随する。まるで彼女の動きが引き金になり、僕を含めた他のみんなが夢から覚めたように動き出した。

彼女にとっては、ビッグサンダーマウンテンでさんざんやっていた「いつものように」手慣れた手順を行っただけのことだ。
他の僕らは、緊急停止はこんな風に発生すると、知らなかった。経験したことのない事象は、知識で理解していても体が反応しない。典型的な正常性バイアスを、身を持って体験したのだった。

オールナイト宴会の鍋番は、いつの間にか彼女の役目になっていた

最初の年だったか翌年だったか忘れたが、大晦日の年越しイベント『オールナイト宴会』の時のことだ。詳細はこちらをお読みいただきたい。

宴会には恒例で、大鍋が登場する。上の回でも触れたが、材料を持ち寄りバックステージの空いた部屋で、カセットコンロを使って雑煮を作るのだ。

直径50センチくらいのバカでかい鍋、粗切りした食材、包丁、まな板まで持ち込んでの準備が行われた。持ち込む方も持ち込む方だが、それを許してくれるセキュリティもありがたい。
(バックステージに外から材料を持ち込むには、セキュリティキャストの監視するゲートを通り抜けないといけない)

年々、回を重ねるうちにいつの間にか、大鍋を持ち込み調理をする役割を、自然とロミさんが担当するようになっていた。大鍋の持ち主であることから、自然とそうなったようだ。

大量の、一晩補充できるほどの量の食材を用意して、まな板と包丁で、その場で仕上げて鍋に放り込む。味を見る。

次々と休憩時にやって来る深夜勤務のキャストたちが、紙皿に雑煮をどんどん放り込み、短時間で食べてはポジションへ戻っていく。鍋の中身が減ると彼女はビニール袋に詰めた具材を取り出して、追加する。水を追加、具材を追加。コンロの点火スイッチを入れて再び加熱し、大きな蓋を閉めて煮詰まるのを待つ。

およそ1時間かそこらすると、いい色に染まったはんぺんが浮き上がり、特製の巾着餅も柔らかくなって、食べごろになる。
ちょうどいい頃合いに、カウントダウンパレード勤務のキャスト達が退勤して宴会へやってくるので、タイミングを合わせて調理をしていたのだろうか。

この時、深夜1時を回っている。

カウントダウン勤務を終えた彼らや僕らはスプラッシュへ戻り、元旦の始発電車が動くまで時間を潰す。当時はまだ終夜運転している路線も少なかった。だから宴会に参加するのは時間的にも好都合というわけだ。寒さでカチコチになった僕らは早速鍋にありついた。
なかなかの味だ。
この鍋を脇で調理しているロミさんの姿を見て、その意外さに驚いていたのは僕だけではない。みんなが奇妙なものを見るような顔で、おずおずと食事にありついていた。

食べ物は鍋だけではないので、そこだけに集中していたわけではないが、やはり部屋の中央に据えられたそれにみんなが自然と集まる。何より元旦の深夜は、暖かいものが食べたいのだ。
雑煮を口にした誰もが、これを誰が作ったかを知りたがった。彼女がその場を離れると、口々に料理人の正体を伝え、聞いた人は驚く。

ガン君などは、
「スッゲー美味ぇ。ロミさん最高じゃん!」などと言ったと思うと、大喜びで雑煮を平らげた。

ええーーー!(笑)あんなにムカついてたのにそのセリフ……!

殴ろうとまで決意した僕の立場はどうなるんだ(苦笑)

普段は早番専業土日休みの彼女は、夕方以降は絶対と言っていいほど姿を見ないが、この時だけは鍋番として居残っていた。
スプラッシュのコスチュームを着たまま、まるで主婦のようにレードルで鍋をかき回す彼女は、その時だけはあの恐るべき呪いの魔女から解放されて普通の人に戻ったかのようだった。

そんな不思議な光景を僕は、変化球めいた魔法かまたは呪縛らしき痕跡が発見できないかと、しばし観察する。
何も見つからなかった。

2回ほど鍋を継ぎ足し終わると、時間は午前2時を回っていた。彼女は持ってきた食材をほぼ使い切って「後片付けよろしく」と誰にともなく言い残し、宴会場を立ち去る。
午前3時を過ぎた頃には鍋も水深10センチを割り、火を止めて誰も手をつけなくなってしまった。濁った濃厚なスープだけが残されて、宴会は終幕を迎える。
その鍋をぼんやりと眺めながら僕は、なぜ彼女は自分が楽しまない宴会に協力するのだろう、と考えていた。

答えは出なかった。

世話好きな彼女が作ったトートとうさぎどんの衣装

毎日どこの施設でも、必ずと言っていいほど発生するのが遺失物だ。

大勢の人々が来園すれば落とすものも多いのが当然なわけで、1日が終わるとスプラッシュマウンテンでも遺失物の山ができる。貴重品はほぼ落とし主が現れるが、その他の品は取りに来ないことが多い。こうした品は最終的に遺失物センターへ送られる。

山盛りの遺失物を、代表して誰かが運んでいく。大抵は閉園まで勤務した中の1人が「遺失物上がり」と呼ばれるシフトで、トートバッグに詰め込んで持ち運ぶのだ。どこのロケーションも似たようなバッグを使っているので、トート自体は支給品だと思う。

遺失物を入れるトートは、当初は無地のキルト地だったのだが、ある時、その真ん中にうさぎどんのアップリケが施された。
これ誰が作ったの、可愛いね! というみんなの意見に、他の誰かが答えた。

「ロミさんが作ったんだって」
その意外な才能に、驚きを隠せない。そのトートに縫い付けられたアップリケは、スプラッシュマウンテンの看板にもなっている、うさぎどんのロゴマークに寸分違わぬデザインだったのだ。とても精巧にデザインされたそれは、売り物にできるほどのクオリティを発揮していた。
これを、作ったというのか……?

スプラッシュマウンテン在籍時に選ばれた1人目のアンバサダー・シズカさんが、就任時の研修旅行でフロリダへ行った際、現地でうさぎどんのぬいぐるみを買ってきた。それはスプラッシュマウンテンのロケーション(職場)へ寄贈され、2年くらいは上着をかけるハンガーラックやファイリングBOXの上に飾られていた。

アメリカ製のブレアラビット(うさぎどん)は、ちょっと顔つきがキツい感じの、いかにもアメリカチックな奴だった。TDLで販売しているそれとはまるで顔が違う。体長約30センチの舶来品のそいつは、のちのち随分と活躍したものだが、それはまた別の話。

買ってきた時点のブレアラビットは、実質的にほぼ裸である。シンプルな着衣はあるものの、最低限の衣装をまとっただけ。まあキャラクターなんてそんなものだ。

ある日、そのうさぎどんに、きちんとした服が着せられていた。服装は、格子柄のシャツ、ベスト、スラックス、靴。これは、スプラッシュマウンテンのキャストのコスチュームそのものじゃないか!

シャツは、きっちり水色のチェック柄が入っていたし、ベストはフェルトで切り抜いて作られていた。ベルトも締めていたし、ベストにはご丁寧にポケットまでつけられていた。

「おっ、これ誰が作ったの?」
その場にいた誰かに、何気なく僕は尋ねた。

「ロミさんが作ってきたんだって」

また僕は、不思議な感覚に襲われた。
一体何なんだ、この人は。

そんなこんなをひっくるめて、リードのシンイチ氏はこう称したことがあった。

「彼女は世話好きなんだよね」
それなら。
もしそうなら、なんで後輩や同僚に対してもっと親切な態度を取らないんだろうか。ここまであれこれ世話を焼くなら、むしろ普段の勤務中にやればいいだろうに。
つくづく不思議だ。

トレーナーとしての彼女は、決まったことに追随するタイプだった

数年後。
僕がトレーナーになると、彼女は当然のようにそこにいた。
なんてこった。僕は彼女と同じ立場になってしまった。

トレーナーとしての彼女はどうかというと、ほとんど自分の意見を出さない人だった。たとえばトレーナーミーティングがあったとしても、他のトレーナーが提案したり決めた意見に対し、強い拒否をしたことがない。ちょっとコメントはするものの大まかには全体の流れに従う姿勢を貫いていた。ただ面倒くさいことが嫌いなだけ、とも取れるが。

他のトレーナーがあれこれ発言し、案がほぼ固まると、次は誰が何を担当するかを決めていく。
そんな時、彼女は色々決まった後で、それに合わせて動くタイプの人だった。準備が必要な作業があれば、余った仕事を拾い上げる役目に回る。
これも不思議といえば不思議だ。主導権を握りたいならもっと自分の意見を通したがるはずなのに。結局これも、理由は分からずじまいだ。

ある年のある時。
トレーナーミーティングの後で、恒例の飲み会があり、トレーナー全員が参加した。宴も終わりに近づいていた時間帯に、たまたまロミさんと話す機会があった。

何の話題か忘れたが、
「あんたはね、もっと後輩達を利用しなきゃダメよ。もっと周りを利用するの」
と、言われた。それが何の話にちなんだのか、思い出せないが。

きっとそれは、彼女がうまく周りを利用して立ち回ってきたから言えるのだな、と話半分に受け止めていた。
それが彼女のやり方だし、僕のやり方は違う、というだけのこと。
まあ、いいだろう。僕はそれが違うことを証明してみせる。

そして彼女は海へ、去っていった

2001年はTDSが誕生した年だ。その前年の暮れ近くに、トレーナー及びトレーナー候補達へ、異動希望のアンケートが渡された。
TDSへ異動希望の人は希望を出せ、と。

僕は、ほとんど迷わずTDL残留を選んだ。

「異動希望を出せば、ほぼ100パー行けるよ」
と言われており、その言葉通り、希望者は全員がシーへ異動していった。
彼女も希望を出しており、暮れから年明けくらいだったと思うが、数名のトレーナーがスプラッシュを去ることになった。

スプラッシュから異動する人はおおむね似たようなロケーションへ行ける。スリルライド系アトラクション出身者は同じようなロケーションへ行くのが順当だろうと。
ただし、基本的に希望は出せない、が条件だった。勝手に社の都合で行き先が決められてしまうというわけだ。

僕は、自分が希望したアトラクションへ行けるなどと信じていなかった。かと言って、どうしても行きたいロケーションがあったのかと言えば、ノーだ。
スプラッシュから行けるとすると、インディジョーンズか、センターオブジアースあたりだろうとみんな噂していた。
うーん、いまいち実感が湧かないし、好奇心が膨らまない。

だが彼女は淡々と、まるで自然な成り行きであるかの如く、某アトラクションへ異動していった。

それっきりだ。

あの頃の自分に今問いかけるとすれば、僕は警告するだろう。

お前、彼女と限りなく似たような道を辿っているぞ」と。
その意味は、おいおい自覚するようになっていくのだが。

それもまた、別の話だ。

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あっくんさん

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元TDLにてアトラクションキャスト勤務を経験した十数年間を回想する場。このブログはそんな僕の、やすらぎの郷でございます(笑)。

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