【舞浜戦記第2章】「スプラッシュ・マウンテンは、最低だ」:スプラッシュ・マウンテン042

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舞浜戦記042
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はっきりと覚えている。

キャストとして勤務していた時。想像していた。

今の自分を何十年後かに思い返すことがあったら、どう思い出すのだろうか、と。

今も乗り場から、次々とボートが出発していく。乗船したゲスト達が、楽しそうな表情で乗り場から出ていく。

その傍で、沸々と湧き出る言いようのない怒りと、悔しさと、どうにもならない不自由さを抱えて勤務していた自分。

ようやくあの時の感情に気づくことができた。
僕は怒りに満ちていたのではなく、惨めさに打ちひしがれていたのだ。

当代随一の人気リードからは使えないと宣告され。不満があっても上の人達に訴えるでもなく日々を消化するのみ。日頃の作業はリード達から取り上げられ、機械装置として動けと言われたも同然で、毎日を過ごしていた。

そして先輩達は、お世辞にも模範的な存在ではなかった。優れた人達は去り、残った僕らと、新しく入ってくる人達とでやっていくしかない。
僕は目的地を見失った飛行機が空を彷徨うように、先の見えない中で勤務を続けていた。

このままではいけないことは、分かっていたのに。

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正解は、「(自分で対応できそうだとしても)しないこと」

ある日の乗り場。
いつもの「あれ」が起きていた。

ゲストがボートに乗る際に、隙間ができている。岸側とボートとの間は、この当時は10センチ程度の隙間があった。
ボートに乗り込む際に、ここにものを落とす人が、時々いる。何かの弾みで落としてしまうのだろう。

たとえば、女性が足を隙間に落としてしまい、足を引き上げた時に靴が脱げてしまうとか。隙間に挟まった靴が取れない。当然、乗船ができないので、困っている。

キャストが気づいた。
さて、どうするか。

正解は、「何もしない」。
そのままにしておく。そして、リードを呼ぶのだ。

たとえ、手を伸ばせば(たった20センチくらいなのに!)取れそうだとしても、取らない。取ってはいけない、という手順になっているからだ。
それを取るのは、リードの役目だから。

これが、50センチくらい下の方に落ちて、手を伸ばして取るには危険だ、というなら分かる。
だがボートの縁のあたりは、特に機械が作動しているわけでもない。

ボートと岸の部分との間に挟まっているから、単純にものが引っかかっているだけだ。引っかからないほど小さな品物なら、さらに下へ落ちて水路に流されてしまうので、取ることすらできない。

焦った女性ゲストは、自分のヒールを取ろうとするが、それを見たキャストは、
「あ、取らないでください。私達が代わりに拾います」
と頼む。一見自分で取れそうだとしても、取らない。取ってはいけないルールになっていたからだ。

リードは常に近くにいるわけではない。近ければすぐ飛んできてくれるので、そんなには待たない。ほんの20〜30秒もあれば来られるだろう。
だが、屋外にいたら?

リードを呼び、乗り場へ戻って来てもらう。
無線機があればまあ時間はかかるが、(直接交信ではなく)館内へ連絡するように依頼をかけるのも可能だ。無線機は、東京ディズニーランド全体で使用する無線しか当時は所持していなかったので、ちょっと手間がかかる。
と言っても、リードは基本的に無線機を携帯していない。外浮きポジションのキャストが無線機を所持しているので、そばにいれば教えてくれるだろうが。

最悪の場合、誰かが直接外へ行って呼んでくるしか、方法がない。
それでも見つかればまだマシな方だ。どこにいるのか分からない場合は、さらに困ったことになる。探さないといけない。

イレギュラー対応をしていたら、いつもと違う場所にいるかもしれない。そうなったら、探すのに時間がかかる。
最悪中の最悪の場合、乗り場のキャストが外へ呼びに行くこともあった。

その間ボートは出発させることができないので、停止したままになる。
ものを落としてしまったゲストへは、もうしばらくお待ち下さい、と伝え、ひたすら待つ。

乗り場の他のゲストは、不思議に思っていることだろう。
なんで出発しないの? と。
乗り場のキャストは、とりあえず周辺のゲストへ告知を行う。理由は言えないが、
「出発までもうしばらくお待ち下さい」と繰り返す。

乗り場のボートが出発しないと、その手前に位置する「降り場」も止まる。先が詰まっているからだ。
さらに、その手前にはスプラッシュの滝壺に落ちるボートが、山のてっぺんで停止する。先が詰まっているので落下できずに待機しているわけだ。
てっぺんが詰まれば、当然手前の斜面を登っていくボートも停止する。

この時点で、おそらくリードを呼ぶアクションを起こしてから、約1〜2分が経過しているだろう。
まだ、リードは来ない。
乗り場のキャストはひたすら、待つ。
ゲストのみなさんも、待つ。

これ以上時間がかかったら、さらに手前(後方)のボートも途中で停止を始める。
普段スプラッシュのボートに乗っていると、次の場面に向かってどんどん進み、風景が移っていく。各場面には、それに合わせたキャラクターが歌い、喋り、音楽が鳴っている。

しかしボートが同じ場所で停止してしまうと、その場面の音楽を何度も繰り返す。さっきまで楽しそうに喋っていたキャラクター達は、沈黙したまま。同じ動きをするのみだ。とても不自然な間が空いてしまう。

そろそろ3分を超える頃だろうか。
ようやくリードが見つかった。慌てて戻ってくるリード。
乗り場へ到着する。
乗り場のキャストが「靴を落としました」と說明。
リードは隙間にしゃがみ込む。
女性ゲストのヒールが、ちょっと深い位置で引っかかって止まっているだけのようだ。ヒールを取り出し、ゲストに返却するリード。

ようやく解決。ゲストは乗り込み、ボートは出発していく。順番に、停止していたボートも動き出す。

さて、この時。

当事者のゲストは不思議に思ったことだろう

『あれ、今の、私でも取れたんじゃない?
と。

少なくとも、そこにいるキャストが取ってくれれば簡単に取れたんじゃないの? と思うだろう。
だって、目の前で引っかかっているだけだったから。人の力で取れないほど固くはまっていた? いや、そこまでじゃない。

『なんで、さっきの人(リード)が来るまで待っていたんだろう?』
と、疑問に思ったかもしれない。
リードは特殊な道具を使って取ったわけではない。手ぶらでやって来て、素手で取っただけだ。子供でもできる作業だ。

それなのに。
『なぜ乗り場のキャスト達はただ待っているだけだったの? すぐ取ってくれればよかったのに』

答えは簡単だ。
僕らが勝手に行動した結果、ミスって万が一トラブルが起きたら大変だから。お前らは、勝手にやるんじゃないぞ。ということだ。

この対応が発生した時。
僕はいつも、心の中で考えていた。

『いやー、僕ら、無能ですから』
しかも皮肉っぽく、卑屈に。

『僕らスプラッシュマウンテンのキャストって、超使えないんですよ。無能なんです』

なんて、くだらない。
なんて、つまらないんだ。
なんて、ひどいアトラクションなんだ。

最低だ。
スプラッシュマウンテンは、最低だ。

僕は、この対応が終わったあとも、ずっと、ずっとそう考えていた。
いつまでも。
何度も。

でも、それだけだった。
何も変えることができなかったのだ。

原因はただひとつ。
僕らが、責任者から信頼されていなかったからだ。

(つづく)

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あっくんさん

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元TDLにてアトラクションキャスト勤務を経験した十数年間を回想する場。このブログはそんな僕の、やすらぎの郷でございます(笑)。

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