恥ずかしながら、この舞浜戦記は別名「僕の承認欲求こじらせ日記」と言ってもいい。つまり、いかにして僕が周りから認められたいと思っていたかの軌跡を追った回想録だということ。
人が仕事をする上で抱える悩みの中で、最も多いのは人間関係だろう。その次に成績・業績に関する悩みが来るのではないか。
どうしたらあの人とうまくやっていけるのか。
どうしたらもっといい仕事ができるのか。
どうすれば実力を身に付けることができるのか。
もっといい成績を上げるには、評価されるにはどうすれば?
あらゆる悩みが、キャストにも降りかかってくる。
夢と魔法の王国TDLは魔法に彩られているかもしれないが、キャスト個人にとってはただの職場であり、悩みは日常だ。
僕はどうやって解決したんだろう。
いや、解決などしていなかった。問題も悩みも一緒に抱えつつ、あの場所で働いていた。
僕の抱えていた問題や悩みは、あなたと同じだ。
問題や悩みこそが、成長の栄養になり、糧になるのだ。
解決しないからこそ、さらに成長していける。
なぜか。
少しずつ昔話を、解きほぐしていこう。
目次
1992年・開始一ヶ月後、早くも単調な仕事に飽き飽きしていた
普通のキャストとして毎日ローテーションを回る日々。
週5勤務で続けていれば、ほどなく仕事に飽きてくる。オープンして一ヶ月もすれば、全ては単純作業の繰り返しだ。
アトラクションの業務内容で言えば、スプラッシュマウンテンはかなり複雑な方だし、毎日のようにダウンしてそのたびに大騒ぎになって非常にドラマチックだったが、それでも退屈に感じ始めていた。
そうなると刺激が欲しいわけで、次のステップへ進みたいと感じるのは自然なことだろう。
キャストの次のステップといえば、トレーナーになるか、またはさらに次の段階、ワーキングリードの座が用意されている。
リードになる人もいるけど、正直言って責任が重いので、やりがいはあるがメリットはあまりない。バイト(準社員)でリード職の人は、社員と同等に扱われて色々面倒なペーパーワークをやらなきゃならない。今期の目標を設定して進捗報告をしたり上司から指導を受けたり社内のイベントに強制的に駆り出されたり。キャストの仕事というよりは、オリエンタルランド社の社員としての業務の方がウエイトが重い印象がある。
キャストたちの責任者というより、普通の会社員だ。
ただ、トレーナーは時給も上がるし、人に教える役割がある。ちょっとだけ別格と言える。(だからといって偉いわけではない点は強調しておきたい)
キャストとしての成長を肌で感じられるのは、ゲストからの反応もそうだが、組織の中での立場が大きい。
リードからは無論、周囲のキャストから認められればやる気も出るし、より頑張ろうという気になる。
★
トレーナーになれそうだったがその機会を逃してしまった(らしい)僕は、消化不良な状態で勤務を続けていた。このままでいいのか。仕方ないといえば仕方ない。でもそのままでいいのか、と。
次の機会は、巡ってくるのか。
主婦はキャストとしての最適条件を満たしている理由
ディズニーキャストは、圧倒的に女性が多い。
その理由は、単にディズニー好きに女性が多いから、だけではない。
バイトという不安定な立場だから、男性キャストは早々に辞めていく傾向にあった。就職という経済的タイムリミットが目の前に差し迫っているからだ。
このままバイトを続けていても昇給もほぼないし身分も不安定。だったらキャストの仕事は辞めて就職しようと考えるのは自然な考え方だ。僕も何度もそう考えたから、とてもよく分かる。
しかし女性キャストは、比較的自由だ。
女性キャストでさらに既婚者であれば最強だ。経済的限界が少ないので、本人が望めばいくらでも継続して勤務できる。もちろん全員がそうだというわけじゃないけど。
既婚女性キャストは、本人の意思が変わったり旦那さんの転勤などがない限り、10年でも20年でも働き続けることができる。事実、共働きの女性キャストがけっこういた。彼女達はこの先もここで続けていくことだろう。
スプラッシュのトレーナーは女性が圧倒的に多かった。一般キャストからトレーナーへ上がったり、元々トレーナーだった人が異動してきて、本来のトレーナー業務を担当するようになったり。
このメンバーは、この先10年くらいはずっと同じなんじゃないか…?
僕が入る隙間は、全くない。
彼女達はとても楽しそうにやっている。トレーナー間の仲もいい。その多くが僕より経験豊富で、リード達とうまく折り合っている。あらゆる意味で死角のない人達が揃っていた。
中には経験が僕より浅い人もいたが、そういう人は、リードからの信頼を勝ち得ていた。
その中で、僕は一部の人達に対して疑問を感じていた。
決して無能というわけではないが、トレーナーとしてふさわしいとは到底思えない人も混じっていた。なぜ彼らがそんなに評価されるのか、全然分からない。
リードから見ると有能なのかもしれない。何人もいる中から誰かを選ぶのは簡単ではないし、誰もが認める人なんてそうそういるわけがない。
だけど。
あのトレーナーは、リードが見ていないところではサボってるし、いつもやる気なさそうな勤務態度だ。
あいつにやらせていて、それでいいの?
僕だけではなく、他の一緒にやっていた専業のキャストたちの口からも同じ意見を聞いていた。
リードには人を見る目がない。
そりゃそうだ、何十人もいるキャストの一人一人をいちいち目にかける余裕などあるはずがない。全員に目を配れるほどリードが暇じゃないのは、普段見ていてよく分かる。
まだまだ混乱が続き通常運営が安定しないスプラッシュの責任者は、日々の業務をこなしていくだけで精一杯に見えた。一人一人に目を配っている余裕は、全くないだろう。特別ひどいキャストは別としても。
そんな人たちの評価を気にしてもしょうがない。リードたちに(取り入って)認められてトレーナーになるなど、実に馬鹿げている。
それが当時の僕が出した結論だった。
僕の仕事に対する取り組み方が、ここで決まった。
他人から認められることを第一優先にして仕事をしないこと。
特に、リードや上の人、先輩の方を向いて仕事をしないこと。
★
ともかく、このマンネリから抜け出す方法を見つけなければいけない。退屈さは、怠惰と仕事の質の低下を招く。飽きとの闘いは深刻な課題であり、早急に自分の中で解決しなければならない問題だった。
これを乗り越えられないなら、僕はもうこれ以上キャストを続けるのは難しいかもしれない。
その鍵となる何かを、日々探していた。
外浮きは最後のフロンティア・ポジション
年に一度あるかないかの超レアな対応ならともかく、日々起きることは大体慣れてしまうわけで、退屈との闘いへ入り込んでいた。
内部のポジションは順番に巡ってくるしボートは後から後からやって来る。
繰り返し、繰り返し。
スプラッシュマウンテンは、屋外の入口・出口と、屋内の乗り場・降り場、アトラクション内部で構成されている。
アトラクションキャストは、その全域において業務を行っているが、決まったポジションで決められたオペレーション(作業)をこなしている。基本的なポジションを順番に担当し、一定時間が経過すると次のポジションへ移る。そして小休憩を挟んでまた別のポジションへ行く。
一方、屋外に目をやると。
ディズニーランドという場所は、本来施設同士が高い密度で隣り合っているもので、余分なスペースがあまりない。パレードルートがあるから広い場所もあるように感じられるが、実際は狭い面積に施設がギュッと詰め込まれている。
そのため、予想以上に列が伸びると、隣接する施設にとっては非常に迷惑な状態になる。可能な限り、他施設の運営に支障をきたさないよう努めなければならない。
屋外のアトラクションキャストは、たいてい「ゲストコントロールキャスト」と呼ばれる。
それは固定ポジションであり、入口の担当、列の調整担当、ファストパスがあるアトラクションなら、発券所担当などがいる。
他に、固定ではないポジションもある。
それをスプラッシュマウンテンで担当するのが、通称「外浮き」と呼ばれるキャストだ。
固定されたポジションではなく自由に動ける。主に、トレーナーまたはベテランのキャストがその役目を担う。
基本的なポジションは作業場所が固定されている。
たとえば乗り場のキャストは一人を除いてその場を動けない。オペレーション(運営作業)をやめたらアトラクションがストップしてしまうから、離れることができない。一つのポジションで同じ作業をひたすら続ける。
逆に、彼ら「外浮き」は自由に動ける。主にイレギュラー対応を担当するため、また様々な屋外業務を担当するためだ。
退屈な仕事に飽き始めていた僕は、自然と興味を引かれた。
彼らは特別であり、そして自由だった。普段はやらない作業に携わり、その日の勤務をほぼ屋外で過ごす。中のポジションはほとんどやらない代わりに、屋外で行う作業を全て担当する。
飽きは専業キャストの最大の敵だ。
飽きを避けるためには、特別な仕事をするのが一番の特効薬だ。
僕は外浮きになれないか、注意して観察するようになっていた。
(つづく)