【舞浜戦記第2章】「使えないんだよ、お前は」:スプラッシュマウンテン040

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舞浜戦記040
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あなたは東京ディズニーランドやディズニーシーの園内で、パスポートを無くしたことがあるだろうか?

通常、パスポートが園内各所で拾得されると、その情報が総合案内所・メインストリートハウスに知らされて、保管場所が記録される。紛失を名乗り出たゲストのものと一致すれば、返却される。

紛失するタイミングは、大抵はパスポートを提示したり、ファストパスの発券の際に取り出すので、その場所付近に落とすことが多い。だからキャストがパスポートを拾得するのは、大体がアトラクションの入口など、限られた場所に集中する。

なので、パスポートを保管しているのは多くがアトラクションそのものだったりする。ゲストはすぐに紛失に気づき、その場で名乗り出てくれる。紛失から発覚までの時間が短ければ、その分戻って来る時間も早くなる。

ここでもし、長い時間待たされることがあっても紛失した本人はそれほど気にしないだろう。とりあえず戻ってくればOKだから。

しかし。
裏側で動いていた僕から見ると、その間の流れが実に非効率的極まりない時代があった。

面倒くさい?いや、大した手間じゃない。ほんの一手間かける程度で済む。
そういう問題では、ない。

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皮肉屋の彼にとって、僕は「使えない」ヤツだった

シゲ坊は、基本的に天邪鬼だ。
彼のボケは相手を茶化すことが多い。また、いちいち反対方向へボケることが得意技だ。

たとえば、全員を集めた朝礼を始める時。朝から土砂降りのひどい空模様なのに、最初の一声が、
「今日も朝からいい天気ですね」
と始める。
朝の朝礼の一言目が、
「お疲れ様でした。じゃあ(8時)15分でピーで(打刻して帰ってね)」
だったり。
あるいは、
「今入口にいる◯◯の方が乗りたいと言ってます」と告げると、
「今日は看板(店じまい)です」とか(直後に訂正するが)。

彼のその皮肉屋な言い回しは実に魅力的で、僕も一時影響を受けていた。同じようなボケをかましたことがあるが、センスがないとただのおかしな奴で終わってしまう。
僕が言うと、「ただの失礼な奴」にしかなれなかったので速攻で諦めた(笑)。

彼がスプラッシュへ異動して来てから2ヶ月後。シゲ坊は予定通り、リードに昇格した。そして彼は当然のように人気者になっていた。もはや彼の独壇場と言ってもよかった。

力強い言葉、人を惹きつけてやまない性格、ブラックな冗談が燃料となり、求心力を加速させていったのだ。
彼の異動は僕らにとって大歓迎だったし、実に喜ばしいことだった。なのに、僕にとっては苦難の始まりだった。

最初の方こそかなり親密な感じではあったのだが、次第に彼は変わっていった。変わった、と気づいたのはおそらく僕だけだったと思う。

僕と一緒にマークから異動して来た他の2人のうち、Sさんは一年ほどで異動したのでほぼ彼とかぶっていなかったはずだ。もう1人のナベさんも、一年いないくらいに退職していき、しばらくして戻ってきたが別部署で勤務したので知らない。

何のきっかけだったか忘れたが、彼が来てから3ヶ月くらいたった頃。
彼にふと、言われた。

「お前、使えねえな」

ん? と疑問に思った。何のことだろう?
冗談かな。
で、それっきり忘れてしまった。

その後しばらくして、再び彼に言われた。
「ったく使えねーな、お前はよ」
気のせいではなかった。それから事あるごとに言われるようになった。

はぁ? 僕が使えないって?
そりゃあ完璧にやっていたとは言えないが。じゃあ、どこが使えないっていうんだ。

たとえば、何か失敗したら、次からはミスしないよう注意すればよいだけのことだ。作業が遅いなら、もっと迅速に行えるよう腕を磨けばいい。
しかし彼の「使えない」は、何を指しているのかさっぱり分からなかった。

そこでもし僕が彼に、直接理由を聞いていればよかったのかもしれない。
しかし僕は、自力で気付こうとした。自分で探し出して改善したかったのだ。だから彼には一切尋ねなかった。

その後も彼の使えねーんだよ、というセリフは幾度となく続いた。それが日常と化した。
当日の勤務キャストを集めての、終礼などの際にも、全員を前にして僕は「使えない奴」と呼ばれていた。

「ったく、あんたは全然使えねーんだよ!」
と、何回言われたことか覚えていないくらい、繰り返し繰り返し言われた。

使えない奴、と言われたら。それは僕のことだったらしい。
彼がキャスト配置を決める時は、僕はほとんど外浮きポジションになることはなくなった。他のリードが決める時に時々浮かせてくれることはあったが、彼が決める時は、ほぼ100%なくなった。

もう、僕は完全に棄てられたキャストだった。
代わりに、新しい子達が期待を込めて次々と外浮きポジションに抜擢され、縦横無尽に活躍していた。その一方で、日々を重ねるごとに僕は見捨てられたように勤務を重ねていた。

ふん。使えないなら使えないままでやってやろうじゃないか。
勝手にしろ。

そんな、投げやりな気分で日々の勤務に対するようになった。

使えないのではなく、使いこなせないだけだろ?

お前は使えない。
それ、どういう意味だ?能力が低いこと?指示された職務内容をきちんとこなせないこと?

自分が全然できていないと自覚できていたら、まあ仕方ないな、と納得できていたかもしれない。しかし、どの部分を指して使えないというのか。それに気づけなかった。

むしろ、その「使えない」僕を使いこなせないあんたの方が「使う能力がない」んじゃないのか?とさえ思っていた。

理由も言わず使えないと言われても改善しようがないじゃないか。

だから僕は、意固地になって反発していたのだ。

実のところ、どんな点が使えないか分からないなら、聞けば済む話だ。教えてくれるかは別として、一つの解決策になる。
だが僕は、意地でも知ろうとはしなかった。むしろ、使えないなら使えないままでいい。使えないなりの人材でいてやろうじゃないか。そんな態度を貫いていた。

今考えると実にろくでもない態度だが、当時の僕は、それ以上シゲ坊が何を求めていたのか、まるで理解しようとしなかった。
(だから、お前は使えないんだよ!)

自分が変わろうとしないのに、相手が変わるわけがないのに……

実を言うと、当時の僕は、シゲ坊のスプラッシュでの仕事っぷりにはちょっぴり不満を覚えていた。
違う。彼の実力はこんなものではない。

マークトウェイン号の時のようには物事は都合よく行かない、という点を何となく感じていた。どれほどみんなを楽しませていたとしても、どこかしら余裕のない印象を受けていた。

だからと言って、彼がダメだったわけでは全然ない。むしろ逆で、立ち回りの速さや行動力でメキメキ有能さを発揮していた。彼は持ち前のノリの良さをそのまま仕事に持ち込んで活躍し、てきぱきとこなしていた。

たとえば、あるキャストが大きな失敗をしたとする。
見過ごせない重大なミスであり、一歩間違えれば事故につながるような事件だ。そんな時、責任者は再発防止の対策を考案しなければならない。

そういったいち早く対処しなければいけない案件を高速で処理し、対応策を全員に発布する。翌日からは全員が新ルールを遵守することとなる。
そんな動きをいち早く行うには、

まず、手順を改善する。
より失敗を起こさないやり方を考案し、明文化する。
他のリード達の同意を取り付ける。
上司の了承を得る、
そして最後に、僕らキャストにそれを告知し、実行させる。

こういった煩雑な業務を高速でこなすのは彼の得意とするところだった。翌日にはきちんと対策を出して僕らの作業手順に新しい項目が追加されるのだ。

迅速かつ行動的、そしていつでもみんなの爆笑を勝ち得ることができる。最強のリードだったかも知れない。

しかし。
何かが違っていた。彼は変わってしまったのだ、マークトウェイン号の時とは。僕の勝手な印象に過ぎないが。

その余裕のなさから、僕に当てつけてるんじゃないの?と思い込んでいたのだ。自分が一杯一杯なのをよそに、僕を狙い撃ちするように、イジりのネタにしてるんじゃないのか?とさえ、思っていた。

まったく、なんておめでたい奴だったんだ、僕は。

(つづく)

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あっくんさん

あっくんさん

元TDLにてアトラクションキャスト勤務を経験した十数年間を回想する場。このブログはそんな僕の、やすらぎの郷でございます(笑)。

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