本来この舞浜戦記は、僕自身のことを語る場なのだが、逆に他の誰かに焦点を当てることで、当時の自分が深く浮き彫りになることに気づいた。
僕が在籍していた期間を通じて、最も人気があったリード(責任者)は誰かと思い浮かべると、この人が真っ先に挙がる。
リアルタイムで勤務していた人達からすると、ひょっとしたら彼を歴代最高の人気リードと位置付けるかもしれない。
少なくとも、当時在籍していた人達が彼の名を外すことは、絶対にありえない。
目次
春先、突然マークトウェイン号に異動してきた彼
彼に初めて会ったのは、僕が蒸気船マークトウェイン号にいた頃に遡る。
僕がキャストになってから2ヶ月もたった頃、一人の社員が異動して来た。社員なので当然リード候補だ。直前まで、ビッグサンダーマウンテンにいたらしい。
その日は、僕が中番のシフトだったのだと思う。
船がアメリカ河の奥へ進んでいくと、デッキをモニタしていた僕は、交替するために、操舵室に向かった。
僕が操舵室に入っていくと、そこに彼がいた。
デビューして2ヶ月たって、顔を知らない人はほとんどいなくなっていたが、事前に異動してくる人がいると聞いていたので、彼がその人だと気づいた。
「お疲れ様です」
僕は、声をかける。
はじめまして、と彼に挨拶された。
「ビッグサンダーから異動して来ましたシゲです。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
僕は答えた。
船はのんびりアメリカ河を進む。窓の外の景色が春の終わりに差し掛かり、これから夏の到来を控えて緑が濃度を上げていた。
とても天気のいい一日だった。
そこからは自然と、僕についての質問タイムになった。
「当分専業でやっていくつもりですか?」
「はい。実は僕、小説家を目指してまして」
とか返したと思う。
「へえー、そうなんだ。どんなの書いてるんですか」
「SFですね」
「じゃあトゥモローランドに行った方がよかったんじゃないですか」
「まあ、こっちはこっちで面白いですし」
「そうか。じゃあ今からサインもらっておけば値打ち出ますね」
「そうなるといいけど」
和やかな空気が操舵室に流れた。
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そんな、その後の彼を思うと信じられないほど謙虚な姿勢を見せた初対面だったが(初見なら当然とも言えるが)、だからこそかえって印象に残っていたのだと思う。
それが、シゲ坊だった。
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社員の宿命で、新しい職場に配属されると比較的短期間で責任者、つまりリード職に昇格させられる。
マークトウェイン号のような小規模なロケーションなら、2ヶ月もあれば十分らしい。彼は瞬く間にリードになった。
キャストによってはシフトもかぶらず、まだ顔もろくに知らないうちに新しいリードが誕生していた、なんてことも珍しくない。彼もそんな即成栽培リードの一人だった。
顔すら知られていないくらい日の浅い状態で責任者になると、なかなかリーダーシップを取るのが難しいものだ。
だが彼は見事な人心掌握術で、マークトウェイン号のみんなの心を鷲掴みにして、見事な手際でリードになった。それどころか他のリード達を引っ張るほどの強い求心力を発揮し始めた。
まるで親友のように気さくに接したかと思うと、次の瞬間、強烈なツッコミの先制打で相手をケムに巻く。変幻自在のボケとツッコミは、彼の専売特許だ。
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僕が強烈に覚えている、彼のツッコミの一つはこうだ。
当時、マークトウェイン号に、ボンちゃんと呼ばれていたキャストがいた。ボンちゃんは若干おネエキャラが入った、とても癒し系の男子だ。
彼がある日、来園して船に乗りに来たことがあった。彼は年パス持ちなので、頻繁に遊びに来ていたのだ。その日も、ちょうど休日か何かで、昼間一度姿を見せ、再びやって来たところだった。
すでに日は暮れて、あたりが暗くなってきた頃。
すでにシゲ坊はリードになっていたのだが、何かの理由で入口のポジションについていた。たまたまキャストが不足していたとかの理由で、ポジションに入らざるを得ない状況だったのだ。
そのタイミングで、ボンちゃんは待合室入口に近づいて来た。
「あっ、シゲさぁ〜ん!」
と、いつもの癒やし系キャラでニコニコ手を振りながらやって来て、中に入ろうとした。
するとシゲ坊は、
「テメェこの野郎、帰りやがれ!!」
と一喝。
誤解のないように言っておくと、普段の勤務中にこんな言い方は、僕の知る限り一度もしたことがない。ボンちゃんは誰にでも好かれるキャラであり、当然シゲ坊も和気藹々と接していた。
ただその時、可哀想なボンちゃんは、
「ええ〜〜〜ひど〜〜い!」
と、オロオロしていた。
ボンちゃんには悪いが、僕はしばらくの間笑いが止まらなかった。
だって周囲にはまだまだゲストもいたし、その時の声が聞かれてしまうくらい大きな声だったから。
はたから見るとなんてひどい人だ、と思うかもしれないが、彼ならではの人を食い、人を掴む術があるからこそ可能だと言えた。
彼はみんなを爆笑させ楽しませた。彼の発言を誰もが待ちわび、注目し、集中した。次の瞬間、彼の冗談が飛び出すのではと期待するからだ。
彼はその期待に十分すぎるほど応え、そしてみんなが彼を歓迎した。
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彼の魅力はどこにあるのか。
親しみのある態度?
面白く際どい冗談が言える?
楽しい雰囲気?
ノリがいい?
彼は全てを備えている。しかしその上で誤解を恐れずに言えば、相手をおちょくる才能に長けていることだ。おちょくるとは、からかうと同時に的確なツッコミを入れることができることだ。
特に、年上や上司、目上の人をからかうのが抜群に上手い。これにはセンスを要する。相手の気分を害するぎりぎりのラインで突っ込めるのは、彼ならではの才能だ。
それが、シゲ坊という男なのだ。
★
さて、蒸気船での勤務を終えてスプラッシュへ異動することになった僕は、古巣に別れを告げた。
別れと言っても船着場はすぐ隣にあったし、クリッターカントリーからウエスタンランドを見れば、大きな船はいつでも動いている。なので、異動してしばらくは、縁が切れた気分にはならなかった。
少しずつ新人が入り、キャストが入れ替わり、僕の知らないマークトウェイン号キャストが増えていき、ようやく自分はあそこから離れたのだな、と自覚するようになった。
彼との再会は、僕にとっての苦悩の時代の始まりだった
実は正確な時期を忘れてしまったのだが、オーブン後2年ほど経ったくらいのタイミングだったと思う。
驚くべきニュースが飛び込んできた。社員の誰かに、一足早く教えてもらったのだと思う。
彼の、スプラッシュ・マウンテンへの異動が決まったのだ。
あの暴れん坊がスプラッシュに?
その時感じたのは、彼の到来(異動)は新しい時代の幕開けだな、ということだ。事実その通りで、それ以降、アトラクション内の雰囲気がガラッと入れ替わったのだ。
ただし。マークトウェイン号はこじんまりとしたロケーションだ。少人数の職場であるがゆえ、キャスト間の意思の疎通は比較的容易である。
全員男性キャストだし、まんま男子校のノリがそこにはあった。
しかしスプラッシュやビッグサンダーなどは所属人数が多いため、なかなか一枚岩とはいかない。女性キャストの方が常に人数は多いのも一因としてある。
大型アトラクションは、様々な価値観を持つ人達がいる。一つにまとめるのが決して容易ではない。
そんな中で、彼はどうみんなを引っ張っていくのか。
なんて心配は、余計なお世話だったようだ。
彼はそんな人数の多さやまとめる必要性など、木っ端微塵に吹き飛ばすほどパワフルに動き回った。
彼がやって来て一月ほどたった頃に、歓迎会を兼ねた飲み会が開かれた。
普通の居酒屋ではなく特別に借り切った社の施設が何かで行われたと記憶している。
会場にはカラオケセットが設置されていて、マイクを使えば会場全体に放送できる。
リードのJBさんが、軽くご挨拶をし、マイクを彼に手渡した。
「さて、ここで彼にご挨拶してもらいましょう。どうぞ!」
土日キャスト達の中には、まだ彼のことをよく知らない人もいたはずだ。その中で彼は、期待に応えた。
「ただ今ご紹介に預かりましたシゲです、よろしくねーー!」
まるでもう何年もここにいたかのように、威勢の良いノリで語りかけた。
参加者の半分が彼に歓迎の拍手を送り、半分は戸惑っていた。まだ彼を知らない人達は、これから彼の人気を下支えする一員になる。
それは、マークトウェイン号にいた頃のノリをそのまま持ち込んだようにも見えた。
その頃僕は、このアトラクションが小うるさい雰囲気を帯びていくのを、ただ傍観しているしかなかった。危機感をひしひしと感じていたが、どうすることもできなかった。
そこへ、彼のスプラッシュへの参戦だ。
明らかに、ここで潮目が変わった。その後次々と赴任してくるリード達が次の時代を作っていくのだが、彼は切り込み隊長のごとく真っ先にやって来て、やがてスプラッシュを引っ掻き回していくことになる。
そして、僕にとっては、苦悩の時代が幕を開けたとも言えた。
しかも、彼のおかげでだ。
(つづく)