なぜコンクール受賞作品はつまらなく感じるのか?

執筆に苦しむ男性

秋はコンクールの季節です。

今は一年中シナリオ募集をしていますので、必ずしも集中しているわけではありませんが、何となくこの季節はシナリオを書くにふさわしい感じがします。
読書の秋、シナリオの秋とでも言いますか。

調べてみたら、今月締め切りのコンクールは2つしかありませんでした。

橋田賞
令和2年度 橋田賞新人脚本賞 募集要項 | ニュース |映人社

2021年バレンタインプロジェクト 文芸社 Loves TOKYO FM ラジオドラマ原案募集「for you… 大切なあなたへ」
2021年バレンタインプロジェクト 文芸社 Loves TOKYO FM ラジオドラマ原案募集『for you… 大切なあなたへ』 | コンテスト | 文芸社

やっぱり気のせいでしたね。

いくつかのコンクールが締め切りを迎えますので、コンクールチャレンジャーの皆さんも、必死に書いているかと思います。

ところで、様々なコンクールが開催されると、審査結果が数カ月後に雑誌などに掲載されますよね。その受賞結果を見て、みなさんは納得できますか?
(自分が受賞した場合を除いて)

え、こんな作品が大賞なの? って疑問に思ったこと、ありませんか?
他にもっといい作品があったんじゃないの?と。
そう思う気持ち、よく分かります。

受賞者以外のほとんどの人が抱く感想は、たぶん「この作品、受賞に相応しくない」です。

いや別に自分の作品の方が面白いとか言いたいわけじゃない。ただ、受賞作自体が面白くないんだよなー。ストーリーも微妙だしキャラも薄いし、展開に無理があるし、それからそれから……

いくらでも理由が思いつきます。
でも最大の理由は、「大賞にふさわしいオーラが感じられない」でしょうか。
他にもっといい作品があったんじゃないの。とても物足りない気分です。

それを説明してみますね。

面白いかつまらないかの違いは、自分が興味を持てるか否か

他人の作品を面白いとかつまらないとか感想を持つ時に、その基準はどこにあるのでしょうか。

それは、主観に基づいています。
主観とは、自分の感覚を基準にした評価のことを言います。

自分が面白いと思えばいい作品。つまらないと感じたら駄作ですね。
では、自分自身は何を基準に優劣を判定するのか。

自分の好みかどうか、ですね。

自分が好むこと、自分が好きなこと。自分が好きなストーリー展開やジャンル、好みの登場人物。要素は様々ですが、自分が気にいることが大前提。

つまり、面白さを決めるのは自分の感覚です。

でもそれって、他人が抱く感想とはズレがありますよね。他人には他人の好みがあるのですから当然です。

だとしたら、自分が面白いと感じても、他人も同じとは限りませんよね。コンクールの受賞作が相応しくないと感じたら、審査員と自分との間の、面白さの基準がズレているということを意味するのです。

主観は客観性を見失わせる

しかしそれだと、一つ重大な問題があります。

もし自分自身が最高に面白いと思う作品を書けたとしても、他人が同じように感じてくれるとは限らない、という点です。
自分の目的が「面白い作品を書く」なのに、他人が面白いと感じてくれない可能性がある。何を基準に書けばいいのか?

もうお分かりですよね。

コンクール受賞が目的なら、審査員が面白いと思う作品を書けばいいのです。

しかし。
自分が面白さを感じるポイントは分かるでしょう。でも、他人が面白いと感じるのはどんな点? 他人の基準なんて、知ったことじゃないですよね。

でもそれを知らないと、他人にとっての面白さの正体は分かりません。
だって、自分の作品を読んでもらうのは自分じゃなくて他人なんですから!

じゃあどうすればいいんだよって思いますよね。

他人、自分以外の人達の評価を高めるには、客観的な目線が必要です。

客観性とは、他人の価値観で評価されることを指します。
主観とは対極にある、この客観的な目線が必要なのです。

主観と客観の違いを自覚しよう

主観と客観の違いについて、もう少し考えてみましょう。
主観は自分の好みです。自分が好きなものや好きなこと、自分の趣味趣向を指します。

一方、客観は、他人の好むもの全般ですね。他人と一括りにしていますが、その他大勢です。
でもこれを定義するのは不可能です。
極端なことを言えば自分以外の全員ですから、約70億の人たちです。それを定めるのは現実的に無理だと分かります。

他人の好みを探って、そこから作品を書くなんて、無理ということですね。

自分と他人の違いは埋められないんです。
私は平均的な感性を持っていて他人と似たような趣向です、という方がいるかもしれません。
でもどこかで差異はあるものです。あらゆる趣向が世間一般と一致する人、そんな人は極めてまれです。

あなたがそのまれな該当者でなければ、主観と客観が完全一致するケースなど、ほぼ有り得ないのです。

そもそも普通の人の感性などというものは、漠然とイメージすることはできても具体例として設定することは不可能です。私達は、普通の人とか普通の考え方などと表現はするものの、特定の誰々さん、と個人を指定しているわけではありません。

「普通の人の好み」というのは、大体こんなものが好きだろ、と想像して思い描いているに過ぎないのです。

話を戻して。
まずは、自分の好みと他人の好みは一致しないことだけ理解しましょう。
それが分かってさえいれば、他人を自分に合わせようとする暴挙を止めることができます。
他人の好みは自分とは違う。この理屈を頭にしっかり置いておきましょう。

客観性を理解すると他人の評価の理由が分かる

なぜ審査員の評価に異論を感じるのか。
それは、他人の好みと自分のそれの差異に気付いていないからです。

自分は全然面白いと感じないのに、他の誰かは面白いという。明らかにズレが生まれているのですね。

これをレストランに例えてみます。
コックはお客様の食べたがる料理を作ります。自分が今食べたいものを作ってはいけません。
フランス料理店なら、お客様の舌に合った料理を用意します。日本人の口に合うフランス料理を作るのです。

中には本場のフランス料理を提供したい、というオーナーもいますね。それはそれで、別にかまいません。

ただし。
その店にやって来るのは本場の味を楽しみたい人ばかりです。日本人が美味しいと感じる、日本人の舌に合った料理を食べたい人は、次第に来なくなるでしょう。
おそらくどんどんお客様は減っていき、やがてフランス人か本場のフランスの味が好きな人しか来なくなると思います。
個性的な店になるので、それはそれでかまいませんが、大勢の人の評価を得ることが難しくなります。
レストランなら、お客様が減ろうが売上が落ちようが、オーナーが続けたい限り、営業はできるでしょう。

でも、人気店として盛り上げたいなら、お客様の求める料理を出さないといけません。

お店を繁盛させたいなら、お客様が何を求めているかを敏感にキャッチして料理を作り、出すのです。

プロとは、そういう仕事ができる人を言います。

映像作品は、観客が少ないと駄作の評価を受けてしまいます。

自分が面白いと思えないのに書きたくない、という考えは、
「私はカレーが嫌いだから作りたくない」と言っているカレー専門店のコックと同じですよ。

コンクール受賞作品がつまらないとしか思えないのは、あなたに客観性が備わっていないからです。

プロになるなら、まずは主観と客観について考えてみましょう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です